2025年04月11日

折々のねことば 18



  • 折々のねことば sknys 171

    「ここで何してんの?」
    ぼくはびっくりして後ろをふり返った。おじいちゃんの相棒、黒ネコのキティだった。でも、どうしてキティが言葉をしゃべってるんだ?
    キム・チェリン


  • 少年ジンがアリスのように鏡を通り抜けて、祖父(鏡の世界から来たおじいちゃん)の失くした手鏡を探しに行く。ジンは祖父の残したヒントを手がかりに、書斎の引き出しの鍵の暗証番号を見つけたり、黒猫キティと一緒に 「鏡は何色でしょうか?」 という問題を解いて、ベルサイユ宮殿(鏡の間)行きの鏡のエレベーターのドアロックを外したりする。読者も 「付録の鏡シート」 を使って、ジンのように鏡文字を書いたり、万華鏡を作ったり、ブルネルスキの遠近法で絵を描いたり、アナモルフォーシスで立方体を描いて遊べる。ジンの冒険も合わせ鏡の通路のように奥深い。横尾忠則の 「アート書評」(朝日新聞朝刊 10/26)も鏡文字だった。ファンタジー絵本『ふしぎな鏡をさがせ』から。
    2025・2・21


  • 折々のねことば sknys 172

    「あの猫はスパイだったのさ。撃つしかなかったんだよ。すごく頭のいい小人のドイツ人が安物の毛皮をかぶってたんだ」
    J. D. サリンジャー


  • カリフォルニア・バークレーで結成された 「科学者たち」(We Are Scientists)の1stアルバムはメンバー3人が3匹の猫(灰黒縞、黒、白黒)を両手で掲げて各々の顔を隠しているが、《With Love And Squalor》というタイトルはサリンジャーの短篇 「エズメに、愛と悲惨をこめて」 に由来するという。「猫ジャケ」 なのだから、作中にも猫が登場していたはずと思って再読した。戦勝記念日から数週間後の夜、バイエルン・ガウフルトの民家に駐留していたX三等曹長の部屋にZ伍長(クレイ)が来て、ヴァローニュの砲撃戦で猫を撃った話をする。「二時間ばかりずーっと砲撃されて、俺たちあの穴で伏せていたらジープのボンネットに猫が飛び乗ってきて俺がその猫撃っただろ。覚えてるか?」
    2016・4・23


  • 折々のねことば sknys 173

    「ふん! あいつをとっ捕まえたら、内臓を引きちぎって猫に食べさせてやるさ!」
    カーソン・マッカラーズ


  • ある夜、寂れた田舎町に見窄らしい小男(せむし)がやって来た。雑貨商を営むミス ・アミーリアは遠戚だ主張するカズン・ライモンを意外なことに招き入れて同居するようになる。2人が開いたカフェは繁盛した。長身で内斜視の女主人はマーヴィン・メイシ ーに恋われて結婚するが、邪険な塩対応で叩き出して10日後に離婚。元々邪悪な人間だ った美青年はガソリン・スタンドなどを襲った強盗罪で刑務所に服役中だった。6年後にミス・アミーリアはヘンリー・メイシーから、兄マーヴィンが仮釈放されたと聞かされる。田舎町に舞い戻って来た前夫は復讐心を抱き、恨みに思っている前妻と対決するが ‥‥村上春樹(訳)、山本容子(銅版画)の中編小説『哀しいカフェのバラード』から。
    2025・1・25


  • 折々のねことば sknys 174

    その時に、信じられないくらいかわいい、カタカナにすると 「クルクルニャ?」 という優しい声で鳴くのだ。
    近藤 聡乃


  • 植物を励ますと良く成長するという話を思い出した著者は発酵中のヨーグルトに温かい言葉をかけてみたくなった。「おいしくな〜れ」 とか 「がんばれ」 とか考えていると、傍に来た黒猫クレオにジッと見つめられて恥ずかしくなって、自室に退散した。暫くすると居間から可愛い声が聞こえて来た。クレオが縫いぐるみと遊んでいるらしい。ユタ州のアーチーズ国立公園にいった際に購入したアライグマの縫いぐるみを 「お土産、と留守番していた猫たちにあげたら、クレオが気に入ったのだ」。キャットニップをスプレーしたら更に気に入ったらしく、誰もいなくなったのを見計らって、こっそり可愛がるのだという。NY在住のマンガ家・アーティストのエッセイ集 『一年前の猫』から。から。
    2025・2・21


  • 折々のねことば sknys 175

    良いY字路には猫がいる。右に曲がるか左に曲がるか。あの子に聞いて考えよう。
    重永 瞬


  • 「Y字路が好き」 な京大院生(地理学専修)による 「路上観察と地形散歩」。「路上・地図 ・表象の目」 という視点でY字路の謎を解く。Y字路の構成要素(表層・角オブジェ・残余地・角度)。形成環境による分類(街道系・地形系・開発系・グリッド系)。流行歌・マンガ・アニメ・絵画(横尾忠則)からY字路のイメージを探り、京都・吉田、東京・渋谷、宮崎の 「Y字路から都市を読む」。表紙の両下り型Y字路は《東京の目白台にある、富士見坂・日無坂の合流地点である。一目で惹き込まれるそのヴィジュアルから 、ドラマやアニメの舞台としてもよく用いられる》という。角オブジェに民家が建ち、右の富士見坂は車道、左の日無坂に猫がいる。『Y字路はなぜ生まれるのか?』から。
    2025・1・6


  • 折々のねことば sknys 176

    「あら、でも夢じゃなかったのよ」 という女の声がして、耳元で軽い咳払いが聞こえた。
    三男がふり返ると枕の反対側から、ベッドシーツよりもさらに白い、美しい白猫がエメラルドグリーンの目でこちらを見ていた。
    ケリー・リンク


  • 裕福な男は老いの不安から、3人の息子を旅に出して遠ざけることにした。最も小さくて愛らしい犬を探して来た者を後継者にすると命じて。ロッキー山脈の麓にある犬舎オーナーから艶やかな赤毛の子犬を手に入れた三男はコロラド州クリードで大雪に見舞われて立ち往生。車から降りた三男のポケットから子犬が飛び出して、雪面を跳ねて行く。後を追い駆けて、大麻栽培農場の温室に辿り着く。美しい虎猫に案内された屋敷の暖炉に火が燃え、寝室のテーブルに食事が用意されていた。安堵した三男は肘掛け椅子に凭れて眠り、翌朝目が覚めると快適なベッドで寝ていた。奇妙な夢を見たと顔を舐めていた子犬に話しかける。17世紀フランスの風刺童話を改変した短篇「白猫の離婚」から。
    2025・3・1


  • 折々のねことば sknys 177


    わが輩は黙って母と娘を見つめた。やはり娘のほうがずっといい。それにわが種族では血縁関係は意味をなさないし、近親婚のタブーもない──わが輩の目つきで、ミースミースはこっちの気持ちを見抜いてしまったらしい。
    E・T・A・ホフマン


  • 牡猫ムル(わが輩)は川で溺れかけているところを奇術師マイスター・アブラハムに救出された。屋根裏部屋で詩作に勤しむほど高い知性と教養のある灰色猫である。牝猫ミース・ミースに一目惚れして、契りを結んだり、黒猫ムツィウスに誘われて学生猫組合に入会したり(猫ポンチを飲んで二日酔いになった)、プードル犬ポントから処世術を学んだり、恋敵のぶち猫と決闘したりする。手近にあった本の頁を破いて、吸取紙や下敷きとして原稿に挿んだまま、編集人ホフマンが出版社に渡して印刷されたので、「ムルの自伝」(ムルのつづき)と 「楽長ヨハネス・クライスラーの伝記」(反故)が交互に記述された二重構造の物語になってしまったという設定の『牡猫ムルの人生観』から。
    2025・2・21


  • 折々のねことば sknys 178

    毎日の執筆を終える正午近くになり、リビングからマリリン三世がやってきた。マリリンはノルウェージャン・フォレスト・キャットのなかでも大きな猫で、長い尻尾を入れれば人間の子供ぐらいある。
    川本 直


  • 2015年、ジュリアン・バトラー(1925-1977)は聖人扱いで、「二十世紀のオスカー・ワイルド」 と奉られている。 男子校の寮で同室だったジョージ・ジョン(89歳)は 「男の娘」 ジュリアンの生涯パートナー、ゴースト・ライター(共作者)として生きることになる。1年前、伊ラヴェッロから米ロサンゼルスに帰って来て、秘書のベルナルド・バリ ーニと暮らす。覆面作家アンソニー・アンダーソンの遺作として、回想録を執筆中。初代マリリンはNYのペットショップにいた不細工なチャウチャウだった。二世も犬だったが 、「年を取って散歩ができなくなったら可哀想だから、三代目は猫を飼った」 と、川本直のインタヴューで話す。架空の作家の伝記『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』から。
    2025・4・11


  • 折々のねことば sknys 179

    きみは ネコなの? ヘビなの? タコなの?
    んー ネコかな
    ヒグチユウコ


  • ギュスターヴくんは猫頭・蛇手・蛸足のキメラ・キャット。オクトキャット(Octocat)は上半身が猫、下半身が蛸足のハイブリッドだが、ギュスターヴくんの両手は黒いヘビで、頭の上に尖端が赤い球になったアンテナのような触覚が生えている。ワニくんが訊くと、熱心に本を読んでいるギュスターヴくんは生返事。自画像を描いた本を下に向けて振ると、9匹のコピー・キャットがポタポタ落ちて来た。10匹のギュスターヴくんたちは古い書物や図鑑(若冲、UMA)の中から、金魚、ヘビ、アルマジロ、インコ、兎、蝸牛、虎、鶏、蛸、犬、蝙蝠など、摩訶不思議なキマイラ(合成幻獣)を次々に出現させる。ワニくんは悪戯を止めさせようとするのだが。絵本『ギュスターヴくん』から。
    2019・4・21


  • 折々のねことば sknys 180

    人間に飼われているように見せかけて、実は人間を飼いならしている。
    柄谷 行人


  • 多くの人は犬派と猫派に分かれるが、「猫と犬はまったく違う」。評者が子供の頃に飼っていた3匹の猫は死期が近づくと失踪してしまった。「猫は犬のように素直に近寄って来ず、微妙な駆け引きをする」 だけでなく、「性質も遺伝子もライオンと同じまま」(アビゲイル・タッカー) 。「単独で行動し、決して群れない」 「居間にいるライオン」(本書の原題)である。ところが猫派の評者も近年、深刻な疑問を抱くようになったという。昨年、米ロサンゼルスの街角で、50メートルほど離れたところにいた猫が猛然と駆け寄って来て頭を下げ、頭を撫でると立ち去ったというのだ。猫は 「飼い馴らされた虎」 に堕落してしまったのかと嘆息する。「猫はこうして地球を征服した」(朝⽇新聞 書評)から。
    2018・3・25

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    〈折々のねことば〉は朝日新聞朝刊に連載中のコラム 「折々のことば」(鷲田清一)のネコ版パロディ。「エズメに、愛と悲惨をこめて」 は柴田元幸訳の『ナイン・ストーリーズ』(ヴィレッジブックス 2009)に収録された短篇。『一年前の猫』(ナナロク社 2024)はエッセイ8篇に、カラー・イラスト25点を挿んだ文庫サイズのハードカヴァ・上製本(巻頭に2つ折り、巻末に4つ折り蛇腹の別丁扉が付いています)。「白猫の離婚」 は童話や民話、伝承を現代風に改変した短篇集『白猫、黒犬』(集英社 2024)の冒頭に収録されています(「黒犬」は巻末の「スキンダーのヴェール」 に登場します)。『Y字路はなぜ生まれるのか?』は 「天声人語」(朝日新聞 2025・1・19)にも紹介されました。『牡猫ムルの人生観』(東京創元社 2024)は酒寄進一の新訳版。漱石の 「吾輩」(1906) よりも87年前(1819・1821)に書かれています。『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(集英社 2021)は覆面作家が書いた架空作家の回想録を『「男の娘」 たち』の川本直が 「翻訳」 したというフィクションです。

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    ジュリアン・バトラーの真実の生涯

    ジュリアン・バトラーの真実の生涯

    • 著者:川本 直
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日:2021/09/25
    • メディア:単行本
    • 内容:「ジュリアンは私で、私はジュリアンだった」 / 作風は優雅にして猥雑、生涯は華麗にしてスキャンダラス。トルーマン・カポーティ、ゴア・ヴィダル、ノーマン・メイラーと並び称された、アメリカ文学史上に燦然と輝く小説家ジュリアン・バトラー。その生涯は長きにわたって夥しい謎に包まれていた。しかし、2017年、覆面作家アンソニー・アンダーソンによる回想録『ジュリアン・バトラーの真...
    ナイン・ストーリーズ

    ナイン・ストーリーズ

    • 著者: J・D・サリンジャー(J. D. Salinger) / 柴田 元幸(訳)
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日: 2024/01/10
    • メディア:文庫(河出文庫 サ 8-1)
    • 目次:コネチカットのアンクル・ウィギリー / エスキモーとの戦争前夜 / 笑い男 / ディンギーで / エズメに、愛と悲惨をこめて / 可憐なる口もと緑なる君が瞳 / ド・ドーミエ=スミスの青の時代 / テディ / 訳者あとがき
    posted by sknys at 00:06| Comment(0) | c a t 's c r a d l e | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする