2025年12月16日

ゴッホの心臓



  • 一家はペットも飼っていた。ボンゲル家にはいつも猫がいて、トミーという子犬も飼っていた。ヨーも母と同じく、猫や犬が大好きだった。/ ボンゲル夫人は手紙でも逸話でもかならず、控えめで面倒見がよくて、じっと座っていることがめったにない献身的な女性として登場する。彼女は大きな問題で思い悩んだだことがなく、ほがらかに人生を享受していた。ただ、母親としての愛情は深いが、ヨーにすれば悩みごとを相談したり秘密を打ち明けたりできる相手ではなく、友達や姉妹がその代わりをしていた。ボンゲル夫人は学校教育を受けていても、言葉にはいたって無頓着だった。メイドと上の娘ふたりの手伝いが完璧だったので家事に支障はなかった。とはいえ、あきらかにヨーは脇に置かれ、のちに自分の家庭を切り盛りする際にかなり苦労することになった。ボンゲル家の人々は持ち物を丁寧に扱い、ボンゲル夫人は一九〇三年の時点で、一八五五年の婚礼の日からある上掛け十二枚をまだ使っていた。
    ハンス・ライテン『ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル 画家ゴッホを世界に広めた女性』


  • ■ ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢(東京都美術館 2025)
  • 夜間開館日(金曜日)に当日券を購入した。日時指定予約制(土・日曜日、12月16日〜平日)を避けて出かけたのだが、会場入口前に数十人の列が並んでいる。入場制限なのかと訝しんでいると、夜間入場者先着300名に 「ステッカー」 を配布していた。上野周辺のデパートやショッピングセンターなどでも配っていたそうで、絵柄(全5種)が異なる。トビ館のステッカーは〈オリーブ園〉(Olive Grove 1889)だった。「ファン・ゴッホ家のコレクションに 焦点を当てた日本初の展覧会」 とのことで、フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh 1853-1890)の作品は36点(油彩、手紙など)と少なく、ポール・ゴーガンやエドゥアール・マネ、ロートレック、ポール・シニャックなど、ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)の所蔵作品を多数展示している。1973年に創立されたゴッホ美術館にはゴッホの絵画約200点、素描500点、手紙900通を所蔵しているという。

    「ファン・ゴッホ家のコレクションからファン・ゴッホ美術館へ」 「フィンセントとテオ、フ ァン・ゴッホ兄弟のコレクション」 「フィンセント・ファン・ゴッホの絵画と素描」 「ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルが売却した絵画」 「コレクションの充実 作品収集」 の5章のテーマ別に作品を展示。総出品数76点と少ないためか、各階(LBF〜2F)に 「家族がつないだ画家の夢」(イントロダクション) 「ファン・ゴッホ オランダからパリへ」 、「34歳 パリからアルルに居を移す」、「36歳 サン=レミ療養院に入る」、「ゴッホの最期 そして家族は‥‥」 というヴィデオ映像、「イマーシブ・コーナー」(2F)では幅14メートル(4×14×5m)、3DCG(8Kの10倍)のパノラマ 「没入体感型デジタルアート」(約4分)を放映していた。本展の目玉はポスターやチラシにもなっている〈画家としての自画像〉(Self-Portrait as a Painter 1888)だが、個人的には最後に展示されていた〈農家〉(Farmhouse 1890)のグリーン系の色彩と歪んだ家屋に魅了された。

  • □ ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル 画家ゴッホを世界に広めた女性(NHK出版 2025)ハンス・ライテン
  • 1890年7月29日、自殺した兄フィンセントの後を追うように、その半年後、1891年1月25日に弟テオも病死した。相次ぐ義兄と夫の死に直面して悲嘆に暮れるところだが、妻ヨーはゴッホの絵画を世界に向けて広める活動に生涯を捧げることになる。展覧会の開催、絵画の販売、書簡集の出版などを精力的に行なった。真に革新的なアート作品は同時代人の人智を超えている。19世紀に生きた人々は悲しいかな、ゴッホの絵の価値が分からなかった。頭のおかしい男が描いた歪んだ絵にしか見えなかった。一目見たり読んだりして、即座に傑作と万人に分かるような作品は底が知れている。草間彌生はMoMA(ニューヨーク近代美術館)が私の作品を認めるのに30年かかったと述懐している。たとえば 「トーマの心臓」(1974)は発表当時、読者には不人気で、「週刊少女コミック」 の編集長も萩尾望都に連載の打ち切りを打診していたが、何とか編集部を説得して、最後まで描き終えたという逸話が残る。

    読者も編集者も、無意識に 「傑作」 を描いてしまった作者自身さえも作品の凄さ、本当の価値が分からなかった(恥ずかしながら初読、再読しても分からず、三回読んで傑作だと確信した)。 「トーマの心臓」 には人間の内面が描かれている。少年マンガの主人公たちには内面がないと言われるが、星飛雄馬にも矢吹丈にも内面はあった。しかし、それは人間の不可避的で根原的な苦悩ではなかった。ユリスモール(ユーリ)の内面はラスコーリニコフのように善と悪、聖と俗、正と邪に分裂している。50年余を経て、「少女マンガ」 の範疇を超えたエポックメイキングな傑作であるという正当な評価を得たのである。ゴッホの絵に現代人の苦悩を見出したのは二度の世界大戦を体験した20世紀の人々だった。ヨーの積極的な啓蒙運動がなかったとしてもゴッホの評価は揺るぎないと思うが、世界各地の美術館で 「ゴッホ展」 が開催されるようなことにはならなかったかもしれない。口絵63点、本文図版69点、年譜、参考文献、人名・作品索引などを含む大著(A5判・688頁)で、活字も大きくて読みやすい。

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    ゴッホ展

    ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢

    • アーティスト:フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh 1853-1890)
    • 会場:東京都美術館
    • 会期:2025/09/12~12/21
    • 主催:東京都美術館 / NHK / NHKプロモーション / 東京新聞
    • 概要:フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の作品は、今日までどのように伝えられてきたのでしょうか。本展は、ファン・ゴッホ家が受け継いできたファミリー・コレクションに焦点を当てます。フィンセントの画業を支え、その大部分の作品を保管していた弟テオは兄の死の半年後に生涯を閉じ、テオの妻ヨーが膨大なコレクションを管理することとなります。ヨーは義兄の作品を世に出すことに人生を捧げ、作品を展覧会に貸し出し、販売し、膨大な手紙を整理して出版するなど、画家...


    ミヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル 画家ゴッホを世界に広めた女性

    ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル 画家ゴッホを世界に広めた女性

    • 著者:ハンス・ライテン(Has Luijten)/ 川副 智子(訳)
    • 出版社:NHK出版
    • 発売日:2025/06/27
    • メディア:単行本
    • 目次:アムステルダムの少女 / 社会的地位のある中産階級ボンゲル家(1862~1888年)/ 美術界への仲間入り―ファン・ゴッホ家(1888~1891年)/ 屋根裏に絵がいっぱいある下宿屋の女主人(1891~1901年)/ 再婚とファン・ゴッホ作品の集中プロモーション(1901~1905年)/ 勢いづくファン・ゴッホ(1905~1912年)/ 社会民主主義と書簡集の出版に向けて(1912~1925年)/ 女性たちの...


    トーマの心臓

    トーマの心臓

    • 著者:萩尾 望都
    • 出版社:小学館
    • 発売日:1995/09/01
    • メディア:文庫
    • 目次:トーマの心臓 / エッセイ 「愛について」 大原 まり子
    ラベル:art GOGH hagio moto
    posted by sknys at 00:06| 東京 ☀| Comment(0) | a r t | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする