2025年11月21日

折々のねことば 20



  • 折々のねことば sknys 191

    怯えた黒猫みたいなミシンたちに、みんなまったく同じ名前をつけるなんて。
    カミラ・グルドーヴァ


  • カナダ出身、英スコットランド・エディンバラ在住の作家は黒いミシンに取り憑かれている。ミシンのフレームに金色のペンキで 「ナイチンゲール」 という社名を書き入れる仕事をしている 「わたし」 と夫ポールと幼児ワクシーがシェアハウスから出てホームレスとなる 「ワクシー」。ミシンを改造した幻灯機が屋根裏部屋の壁に幻影(ピエロ、天使、ミスター・マグノリア)を映し出す 「アガタの機械」。8本足のクモ男がフローレンス(ミシン)に恋する 「蜘蛛の手記」 。シャーリイ・ジャクスンやアンジェラ・カーターを想わせるグロテスクでシュールな世界で、現実とは異なる社会体制になっている。ミシンの名前がフローレンス・ナイチンゲールなのも謎です。短篇集『人形のアルファベット』から。
    2025・9・11


  • 折々のねことば sknys 192

    これは凄い光景だった。駆け抜けたのは五十匹の黒猫と五十匹の黄色い猫と、それに彼女で、彼女が人間なのか誰にもわからなかった。
    レオノーラ・キャリントン


  • ヴァージニア・ファーは森ガール。自転車に跨って丘の斜面を駆け降りた。断崖の間を抜け、木々を横切って、最悪の道を駆ける。立て髪のように長い髪は数メートルも伸び、手は並外れて大きく指は汚れていた。《山の住民は彼女に敬意を払ったし、彼女もいつも彼らの風習に敬意を払った。そう、山の住民とは植物と動物と鳥たちで、さもなければ事情は違ったであろう。もちろん、彼女はときに猫の辱めに耐えなければならなかったが、彼女も同様に声を張り上げて猫語で応酬した》‥‥ファーは自転車に乗って、毎晩狩りに出た。敬意を払っている山の獣たちも彼女に進んで殺戮されることなく、週に数日は迷い牧羊犬、時には羊肉、稀に子供を食べていた。短篇 「彼らが丘の斜面を駆けたとき」 から。
    2025・10・21


  • 折々のねことば sknys 193

    誤解のないように断っておくが、私は 「猫好き」 ではない。「犬好き」 でもない。「たましい」 のことを書くというのが、話のはじまり、それの顕現として猫を選んだのである。
    河合 隼雄


  • 大相撲に 「猫だまし」 という奇襲技があるが、「猫だましい」 は 「たましい」 と 「だまし」 を掛けた詞である。ホフマンの『牡猫ムルの人生観』、ペローの『長靴をはいた牝猫』、ル=グウィンの『空飛び猫』、「化け猫」 「宮沢賢治の猫」 「怪猫──鍋島猫騒動」、佐野洋子の『100万回生きた猫』、ポール・ギャリコの『トマシーナ』、谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のおんな』、大島弓子の『綿の国星』、コレットの『牝猫』など、ユング派の心理療法家は人間を惹きつけて止まないペットの猫に注目し、猫が登場する古今東西の作品を読み解くことで、「関係性の喪失」 に悩む現代人の 「たましい」 について語る。文庫版の『猫だましい』(2002)には大島弓子の「感想マンガ "黒猫の思い出"」が付いている。
    2025・2・21


  • 折々のねことば sknys 194

    "人の集まるところに猫は集まり / 猫は人に幸せをもたらしている"
    モーリーあざみ野


  • 地中海に浮かぶ島、猫が丸まったように見える小国ナーゴ(NEARGO)は人間と猫が共存する理想郷である。総面積44km2、人口約2万人と2万2千匹の猫が共に暮らす 「ネコ町ナーゴ」 。「14世紀初頭にニャンベルク城を築城したニャンベル伯爵(1271-1331)と共に移り住んだ50匹余りの猫達がNEARGO CATのはじまり」 だという。市役所の基金課が母体となった里親探し組織 「NEARGO & NEARGO」 もある。ナーゴは 「豊かな自然と美しい海に囲まれたその恵まれた環境から観光都市として毎年多くの人が訪れている」。ムルムル、ブーツ、ミュート、ブリオ、ルアン、フィリックス、ノワール‥‥可愛いネコたちのイラストに、38のエピソードが添えられている。『ネコ町ナーゴの猫だより』から。
    2025・11・21


  • 折々のねことば sknys 195

    猫は私の隣をすり抜け私の部屋に駆け込んだのです。
    山本 莉会


  • 子供の頃に住んでいた団地には多くの野良猫が住み着いていた。ある時、団地の階段を昇 っていると、踊り場に黒い子猫がいた。「バイキンをもっているから触ってはいけないよ」 と言われていた 「私」 は脇を抜けて上階に行こうとしたが、足元に纏わりついて、一生懸命に階段を上って来る。自宅の玄関の前まで一緒に着いて来た。母親が玄関のドアを開けると、「私」 の横を擦り抜けて室内に入った。パニックになった母は子猫を追い駆けた。「私が見たのは、私の部屋の青い絨毯に爪を立てて無理やり母に引き剥がされている猫の姿」 だった。猫は外に摘み出され、母親は石鹸で手を洗った。「私」 はどうして良いのか分からず泣いてしまったという。 宮崎智之と山本莉会の往復書簡『文豪と犬と猫』から。
    2025・9・11


  • 折々のねことば sknys 196

    九州人の私には、ネコのそういう慎重さが気にくわないのだ。食うなら最初から 「いただきますっ!」 と食いつくのがよか。食ってうまかったら、ニャニャンがニャンとネコ踊りの一手でもみせんかい。
    五木 寛之


  • 食卓の傍に近づいて来たネコに、フグ刺しの切れ端を差し出しても直ぐに食べようとしない。下関からの直送品である。「ゴロゴロと喉を鳴らして、感涙にむせびながらしゃぶりつくのが当然」 なのに、鼻を近づけて匂いを嗅いだり、眺めたり、舌先でチロチロと舐めたりして、結局は食べるのだ。金沢に住んでいた頃、まるでイヌみたいなネコがいた。近所に出かけると必ず一緒に着いて来る。郵便局で用を足していると、大人しく建物の前で待っている。帰りは着いて来ない。先回りして、家の前で待っている。《「どう? こっちのほうが早いでしょ」 と、いわんばかりの得意顔。私が 「チクショウ!」 などと口惜しが ってみせると、ヒゲをふるわせてすこぶるうれしそうだ》『みみずくの夜メール』から。
    2025・11・21


  • 折々のねことば sknys 197

    わが猫歴から断言するが、猫のヒゲは五線に並んでいる。四線になっているように見えて、よく観察すると五線。ニャーとがギャーとかの拗長音はこの五線譜の演奏にほかならない。
    柳瀬 尚紀


  • 「猫舌三昧」 は朝日新聞夕刊(毎週木曜日)に4年間掲載されていた 「慣用句、諺、成句、季語、話題の用語など、言葉をめぐるエッセイ」。いわゆる 「猫エッセイ」 ではないが、自称・半猫人の英文学者・翻訳家。ヤナセ語(ゴロ合せ、造語、駄洒落)の中に、愛猫が顔を出す。「猫を差別する言葉を使わない主義だ」 「バルテュス。大の猫好きのフランスの画家」 「猫暦が長いと、猫がニヤリと笑うのは見なれている」 「わが愛猫は、マウスが鼠の格好から来たコンピュータ用語であるのを知っているので、よくコツンと叩く」 「子猫の藝よ、よい毛の子猫」(回文)。「交際猫を訪れる高才猫の口才が虹彩に映る光彩をよく捉える」(早口言葉)。語呂つき翻訳人の愛猫曰く、「猫はいつも猫齢」 など。「羊の腸」 から。
    2005・11・20


  • 折々のねことば sknys 198

    「クルミ」 という文字とクルミのイラストが描かれた木製の立て看板の横で、一匹の猫が伏せて眠っていた。
    イ・ジュへ


  • 地下鉄に乗って見知らぬ駅で降りて散歩する。気になった食堂に入って、ご飯を食べる。書店で買った絵本をコーヒーショップで読む。そんな自由時間を5年ほど過ごしていた時、カフェ 「クルミ」 を発見した。店内からコーヒーの香りと木の匂いが漂って来る。小さな木工芸作品も売っている。訪れる度にコーヒーを2杯飲み、食事代わりに自家製パンを食べた。買った絵本を読んでくれた店主が理解出来ない文章を分かりやすく説明してくれる。「わたし」 たちの傍に座ってゴロゴロと喉を鳴らす猫の名前は長かった。クルミ・ラテ・アロニア・バロネス三世。泡立てた白い牛乳とエスプレッソの混じったラテ色。アロニア農場で保護された。映画 「猫の恩返し」 のバロン。『その猫の名前は長い』から。
    2025・11・21


  • 折々のねことば sknys 199

    おれの胃袋は太ったピンクのペルシャ猫だ。眠ってばかりいるが、ある一定の間隔で目をさまし、喉を鳴らしたり、ニャーニャー鳴いたり、うなったり、チョコレートをくれと叫んだりする。
    レイ・ブラッドベリ


  • 骨の痛みに苦しむミスター・ハリスは心気症と診断を下したドクター・バリーに愛想を尽かし、骨格専門医ムッシュー・ムニガンの診療所を訪れた。《ハリスは身震いした。レントゲン写真と骨格図が、ダリやフューゼリの描く怪物たちが棲まう土地から、蛍光を発する緑の風を吹かせている》のだ。ムニガンに怪しげな整体術を施されても違和感は払拭されず、ますます大きくなった。ある晩ハリスはベッドで仰向けになって、自分の骸骨と対決する。妻のクラリスは体調を崩して痩せ細った夫の身体を案じていた。ハリスはカクテル・ラウンジでビールをガブ飲みしていたバターボールのように丸々と太った大男に希望を見出すが。「自分の内側に骸骨を発見し、その骸骨におびえる人間の物語」 「骨」 から。
    2025・11・21


  • 折々のねことば sknys 200

    もう、ねこより ほかのものになるのは やめようと、ぴっちはおもいました。
    ハンス・フイッシャー


  • りぜっとおばあさんが飼っている親猫まり、るりと5匹の子猫。ぐりぐり、ぐろっきは取 っ組み合い、ぱっちは毛糸玉に戯れつき、みっちは箒によじ登ろうとしています。一番小さくて大人しい子猫のぴっちは籠の中で考えごと。他の猫のように遊ばないぴっちを犬のべろが心配そうに見ています。ぴっちは裏庭のひよこたちと遊びたい、立派なおんどりになりたい、大きくて優しいやぎになりたい、アヒルたちと一緒に池で泳ぎ、耳の長いうさぎになりたいと思いますが、ひよこたちはめんどりに連れ去られ、おんどりは喧嘩し、やぎは乳を絞られ、ぴっちは溺れて、うさぎ小屋に閉じ込められてしまう。翌日、重い病気になったぴっちを心配した動物たちがお見舞いに来ます。絵本『こねこのぴっち』から。
    2025・11・21

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    〈折々のねことば〉は朝日新聞朝刊(月曜〜金曜日)に連載中のコラム 「折々のことば」(鷲田清一)のネコ版パロディです。新聞の切り抜きを整理していたら、「猫舌三昧」 の束が出て来ました。2000年4月から4年間、毎週木曜日の夕刊に掲載されていた前半は『猫舌三昧』(朝日新聞社 2002)、後半は『言の葉三昧』(2003)として単行本になりましたが、文庫化されていないのは残念です。「どちらかといえば、犬党」 の作家による記憶に残るネコ・エ ッセイ、2002年4月から毎週月曜日に連載されていた 「みみずくの夜メール 111」(2004・10・11)の切り抜きも見つかりました。『文豪と犬と猫』(アプレミディ 2025)は宮崎智之と山本莉会による 「往復書簡」。夏目漱石、内田百閒、志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成など、12人の日本作家に纏わる犬(宮崎)と猫(山本)のエピソードを交互に紹介して、日本文学を読み直し、「読み解く」。『ナーゴの猫町めぐり』(NHK出版 2004)から20年ぶりに帰って来た『ネコ町ナーゴの猫だより』(労働教育センター 2024)も嬉しい便りでした。

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    こねこのぴっち

    こねこのぴっち

    • 著者:ハンス・フィッシャー(Hans Fischer)/ 石井 桃子(訳)
    • 出版社:岩波書店
    • 発売日:2001/02/23
    • メディア:単行本(岩波の子どもの本)
    • 内容:リゼットおばあさんの家に住んでいる子ねこのぴっちは、ほかのきょうだいたちとはちがうことをして遊びたいと思いました。ところが、アヒルのまねをして池で泳ごうとして、おぼれてしまいます。
    posted by sknys at 00:07| 東京 ☀| Comment(2) | c a t s c r a d l e | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする