
天声人語 「ぬい」 からのメッセージ(朝日新聞 2025・7・5)
□ 「ぬい」 テディベアと泊まる夜。窓、ドア、塀出て、寝ぬ
わたしたちは今夜、家出を決行するつもりです。少女クローディアは弟を連れて、NYメトロポリタン美術館(The Met)に泊まりましたが、一人っ子の私には兄弟姉妹がいないので、お気に入りの相棒テディベアと一緒に出て行くことにします。「ぬい活」 ブームの折り、可愛い縫いぐるみを抱いて歩いていても、通行人から好奇の目で見られたり、誰からも不審に思われないのは幸いでした。家族が寝静まった後、子供部屋の二階の窓から垂らしたロープの先にテディベアをぶら下げて、ロープ伝いに中庭に降り立つ。防犯カメラが設置されている門扉(外ドア)を迂回して、「ぬい」 と塀を飛び越えて外へ出ました。この開放感は新鮮です。肌を撫でる澄み切った夜気が心地良い。「ぬい」 の毛並みも柔らかくて暖かい。一人ぼっちではなく、「ぬい」 と一緒なのが何よりも心強い。これからどこへ行って、どこに泊まって寝るのかって?‥‥それは、わたしと相棒のテディベア、2人だけの秘密だよ。
□ 泣いたし、怒り窓。お遣い、「ぬい活」 お泊まり会したいな
あたしは 「ぬい」。縫いぐるみの 「ぬい」 だよ。いつも一緒にお出かけしていたのに、どうして今日は連れて行ってくれなかったのよ。午後から雨が降るという天気予報のせいかしら? 駄々を捏ねて大声で泣いたし、子供部屋の二階の窓から、遠ざかって行く彼女の姿を怒りを込めて眺めています。いつ頃からか分からないけれど、子供や女子中高生がリックやバッグにマスコット(小さな縫いぐるみ)を着けて外出するようになったの。最近は男子生徒も恥ずかしがらずにブラ下げているわ。老若男女が縫いぐるみと一緒に外出することを 「ぬい活」 と呼ぶらしい。お気に入りの 「ぬい」 をSNSに投稿する 「ぬい撮り」 がブームだとか。あたしも何度か彼女に撮ってもらったことがあるのよ。「ぬいぐるみお泊り会」 の発祥は米国の公立図書館なんだって。子どもに本を手に取ってもらう目的で、日本でも各地の図書館で広まったそうよ。あたしも 「ぬい友」 たちと一緒に図書館や美術館で、お泊まり会したいな。
□ 「ネコヅメの夜」‥‥戦さ悔いる、世の滅後ね
どこからともなく集まって来たネコたちの群れ。耳先カットしたノラネコだけでなく、首輪を着けた家ネコも混じっている。人気のない広場で一斉に夜空を見上げるネコ族。不思議なことに、天空に輝いていたのは黄色い三日月ではなく、青龍刀のように湾曲した青白く妖しい 「ネコヅメ」 だった。鋭く尖ったネコの爪は鋭利な牙と同じく、臨戦体制に入ったネコ科動物が外敵を攻撃するための有力な武器である。ネコ好きの人ならば誰でも一度や二度はネコパンチに見舞われて、手や足を引っ掻かれた経験があるはずだ。ネコたちに比べて、人間の爪や歯の攻撃能力は劣るけれど、その代わりにナイフ、刀剣、拳銃、自動小銃、爆弾などの殺傷武器を手に入れた。その最たるものが核弾頭ミサイルという大量破壊兵器である。映画 「新 猿の惑星」(Escape from the Planet of the Apes 1971)に登場したミュータント新人類が神と崇めている存在が大陸間弾道ミサイル(ICBM)だったことに失笑を禁じ得なかったが、21世紀の今日バカバカしいと一笑出来ない世界になってしまった!‥‥人類滅亡後の天空魔界に現われるという猫族伝説 「ネコヅメの夜」 である。
□ 「誰か、沼地よ!」 チョコまみれ、ノラ、平野レミ。孫よちよち、免れた
沼地から、絹を裂くような茶色い悲鳴が聞こえて来た。今日も哀れな犠牲者が出てしまったのか?‥‥日本の秘境にあるという 「チョコ沼」 は世界でも珍しい天然チョコレートが湧き出る生温い黒茶色の沼として知られている。「立ち入り危険! チョコ沼の飲食禁止!」 という立て看板があるのに、オーガスタス・グループみたいに食い意地の張った旅行者や観光客たちが沼主の餌食になってしまうのだ。沼主 「まみれさん」 の年齢は10万36歳。デーモン小暮のような強面ではなく、柔和な丸顔で、「世界の平和を願うチョコ神」 として布教活動に日々勤しんでいる。 「世界中の誰よりきっと・・・みんなを笑顔にしたい♪」 という理念は立派だが、チョコの味見をしようとして近づいて来た人たちを沼の中に引き摺り込むという河童のような悪癖があった。鬱蒼とした森を彷徨って、遠路遙々やって来た平野レミとノラ母娘はやっと見つけた 「チョコ沼」 に小躍りしてガブつき、キャロル・ロールやローザ・ダニロヴァのような全身チョコまみれになってしまった。幼い孫が溺れなかったのは不幸中の幸いだった。
□ 愛くるしい、仲良し子女かな?‥‥イジるクィア
クィア(Queer)とはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)などの枠に収まらない、性的指向や性自認を持つ全ての性的マイノリティを包括的に表わす総称である。元々は 「奇妙な」 という意味の侮蔑語だったが、現在は性的規範に縛られない多様な性のあり方を肯定的に示す言葉として使われている。LGBTが特定のセクシュアリティを指すのに対し、クィアは彼らに当て嵌まらない全ての人たちのことで、LGBTQ+の「Q」は主にQueer(クィア)と自分のセクシュアリティを模索中のQuestioning(クエスチョニング)を指しているという。一見仲の良さそうな女子2人が楽しそうに喋りながら舗道を歩いている。その親密な会話から、彼女たちがヘテロセクシュアル、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダー、ノンバイナリーなのは不明だが、少なくとも1人はクィアらしい。児童虐待事件のニュースなどで度々議論となる 「イジリ」 と 「イジメ」 の境界線も曖昧だ。
□ 小鰭・ビン蔵・ゾンビたばこ
「ゾンビたばこ」 は指定薬物の 「エトミデート」 が含まれた違法な電子たばこの通称。過剰摂取すると手足の痙攣や幻覚などの症状が現われて、ゾンビのように(泥酔したような状態)なることから、こう呼ばれている。中国・香港・シンガポールではケタミンやカンナビノイド・オピオイド系の成分と配合され、電子たばこ用のリキッドに加工されたレクリエーショナルドラッグとして販売・使用されて来た。《2025年までに前述の国々に加えてタイ・オーストラリア・ニュージーランドなどでも麻薬の摘発時に発見されるようになり、同年5月には日本でも指定薬物として規制され、使用や所持・輸入などが原則禁止された。指定薬物とされた後も、沖縄県では10代や20代を中心に摘発される事例が相次いだ》という。2026年3月21日、「ゾンビたばこ」 のリキッドを小鰭の瓶詰めの中に入れて、日本国内に持ち込もうとした自称お笑い芸人のヤク★ミツユが成田空港の税関で現行犯逮捕された。
□ 気賀坂日照りで日傘影
静岡県磐田市富丘にある気賀坂で、日傘を差している男性を目にした。日本男児も恥ずかしがらずに日傘を差す多様性の時代になったのか。地球温暖化なのか、異常気象なのか、気温35℃超えの猛暑と40℃の酷暑で地球は沸騰している。衣服に内蔵された小型ファンで外気を取り込み、発汗を蒸発させる時の気化熱で身体を冷やす熱中症対策アイテム空冷服(ファン付き作業服)は屋外では快適そうだが、屋内では回転するファンの音が周囲の人たちには耳障りだったりする。室外機が排出するような不快な熱風、肌を刺すような強烈な陽射しから逃れるように、空調の効いた涼しい商業ビルや公共施設の中に避難する人たち。その一方で地球温暖化の現実には目を背けて、CO2削減には懐疑的なのに、クリーン・エネルギーの原発(脱炭素電源)を推進しようとする保守派の撞着ぶりには目に余るものがある。自然環境の保護ではなく、「安保」(エネルギー安全保障)、コスパが良い(核武装も安上がり?)、反・左派リヴェラル、テクノロジーへの盲信など、15年前に葬り去られたはずだった 「原発安全神話」 が平成の 「墓場とユリカゴ」 から醜悪なゾンビのように這い出て来たのだ。
□ 身知る苦難、推した見映えなさ。地位固め攻め高市早苗、はみだし女、苦しみ
新総理の信任投票みたいになってしまった衆院選挙は自民党の圧勝、中道改革連合(古臭い昭和のネーミング!)の惨敗で終わった。「日本列島を、強く豊かに」(富国強兵?)というスローガンを掲げて単独過半数どころか、2/3超えの議席を獲得した自民党は武器輸出、国旗損壊罪、スパイ防止法、憲法改正へと鼻息荒く、「馬車馬のように」 突き進むのか。国民感情は初の女性総理誕生で沸騰しているが、そもそもヘビメタ、バイク好きと右翼思想のギャップが埋まらない。元々ロックは反体制だったし、バイク・ブームは映画 「イージー☆ライダ ー」(Easy Rider 1969)の影響抜きには語れない。日本の右翼は 「反共・反米」 だったはずなのに、いつの間にか 「親米」 に堕してしまった。首相の思想信条は兎も角、一番危惧するのは米大統領選みたいな直接選挙制(国民投票)の危うさである。日本は間接民主主義(代議制)なのに、自民党員や地元有権者の総意に忖度、首肯して右へ倣えならば、国会議員の存在意義がなくなってしまう。つまり 「民意が常に正しい」 とは限らないということである。
□ 被弾し、見知るクマ駆除。強しクマ、苦しみ死んだ日
猟友会の仲間が、お尋ね者のクマを仕留めた。今までに何度も人を襲って来た悪名高い札付きのクマだった。奥山から人里に降りて来て、トウモロコシ、米、スイカ、カボチャ、柿、栗、リンゴ、桃、ハチミツ、生ゴミ、飼料などを漁る。人間を怖がらず、市街や民家に出没しては出遭った人を躊躇なく襲う凶暴なクマだったが、面識のあるクマだっただけに、その死は痛ましい。急所が外れたのか、即死ではなく悶え苦しむ断末魔だったからだ。野生動物に罪はない、人里(生活圏)と奥山(野生動物の生息域)の緩衝地帯(緩衝帯)を侵した浅はかで強欲な人間たちの報いではないか。「駆除」(猟銃による射殺)ではなく、麻酔銃で眠らせて森へ還すべきではないかという意見も少なくない。これが獰猛なクマではなく、もし可愛いパンダ(クマ科ジャイアントパンダ属)や絶滅危惧種のライオンやトラが人を襲って来たとしても、「駆除」 するのかという疑念を拭い切れない。
□ 訊ね文字、イメージ溢れファジー、芽衣シモネスだ
芽衣シモネス(Mei Semones)の〈Tora Moyo / 虎模様〉は 「優しい声 大きな耳 / 濃い赤色 虎模様の」 という歌詞から、虎縞ネコの歌なのかと思っていたが、愛用している 「僕のギター」 のことだった。ギターの耳ってどこにあるの?‥‥という疑問は兎も角、日本語と英語が自在に混じり合った歌詞は新鮮で、違和感なく耳に入って来る。日本語学習は難しいけれど、奥が深くて面白い。平仮名・片仮名・漢字が入り混じり、縦書き・横書きにも対応している。「だ・である調(常体)」 「です・ます調(敬体)」 という文体も臨機応変に使い分けられる。主語が省略可能なことも日本語の大きな特徴の1つだ。漢字の読みや意味が分からなくても文字形態(象形文字・指事文字・会意文字・形声文字)からイメージが溢れ、ネコの毛並みのようにフワフワしたファジーな空想が脹らむ‥‥「空気は煙と / 電車の通る音 / 向かいのコンビニの / 小ちゃい黒猫」(Dangomushi / だんご虫)、「ぐっすり眠るよ子猫のように / いちご cup of tea クッキー / 猫ちゃん sharp teeth, smiling」(Koneko / 子猫)。
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- 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい^^;
- 「ネコヅメの夜」 は絵本『ネコヅメのよる』(WAVE出版 2016)から着想しました
- 回文は母娘ですが、平野レミ(料理愛好家)と平野ノラ(お笑い芸人)は赤の他人です
- 「クィア」(Queer)については 「Google AI」 や 「日本版 Wikipedia」 を参照・引用、「ゾンビたばこ」 については 「エトミデート」(日本版 Wikipedia)から引用しました
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- 著者:町田 尚子
- 出版社:岩崎書店
- 発売日:2021/11/16
- メディア:大型本
- 内容:「間違いない。今夜だ」 猫の秘密、教えます ある夜のことです。「まちがいない。こんやだ」 「いそげ、いそげ 」 あっちから、こっちから、猫が集まってきます。みんなが待ちこがれていたものが、もうすぐあらわれます。隅から隅まで、町田尚子さんの描く猫たちの魅力が堪能できる1冊 インパクトある表紙も魅力的!その表紙カバーをめくると、描き下ろしの豪華ポスターになっていま...

- 監督:ドン・テイラー
- 出演:キム・ハンター / ロディ・マクドウォール
- Date: 2019/07/24
- Media:Blu-ray
- 内容:最終兵器で滅亡する未来の地球を脱出し、コーネリアス、ジーラら3匹の猿は、タイム・トラベルによって'70年代の地球へと到着。人間の言葉を話すため歓迎されていた彼らだったが、やがて未来社会を猿が支配すると知った人間達は‥‥

- 監督:デニス・ホッパー
- 出演:ジャック・ニコルソン / デニス・ホッパー / ピーター・フォンダ
- Date: 2010/04/16
- Media:Blu-ray
- 内容:60年代、それはイージーライダーの時代だった。マリファナ、ベトナム戦争、ヒッピー‥‥。さまざまなムーブメントに揺れるアメリカを風のように駆け抜けたふたりのライダー。彼らの生き方を通じて時代を映し出した野心作である

- Artist: Mei Semones
- Label: Bayonet
- Date: 2025/05/02
- Media: Audio CD
- Songs: Dumb Feeling / Dangomushi / Tora Moyo / I Can Do What I Want / Animaru / Donguri / Norwegian Shag / Rat With Wings / Zarigani / Sasayaku Sakebu

- Artist: Mei Semones (ft. Liana Flores)
- Label: Bayonet
- Date: 2026/04/10
- Media: Digital Track
- Lyrics: ぐっすり眠るよ子猫のように / Walk along the riverside / The London fog / The boats at night oh / そっと揺れる波が / 乾いてきた涙が / 月の光で輝くね / The bus it comes / Just as we leave to / Go a different way / 大丈夫 / 間に合うから / It’s okay / Sing a simple melody / 緑 parakeet かわいい / 白鳥 black as night 不思議 / Softly / ...
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