2025年07月21日

ジュアン・ミロのことば



  • 私は生まれつき悲観的で寡黙な人間です。若いころは、常に悲しみに心を押しつぶされそうになりながら、鬱々とした時間をひたすら耐え忍んでいました。今でこそ、私の心はだいぶ落ち着いて、バランスがとれてきてはいますけれど、それでもやはり、私にとって生きることは、どうしようのなく悲しい。理性ではなく、ただただそう感じてしまう私は、根っからの悲観主義者なのでしょう。すべてが悪い方へ、より悪い方へと向かっているように思えてならないのです。/ そんな私の絵にユーモラスなところがあるとすれば、それは意識してそうしたものではありません。そのユーモアはおそらく、私自身のそんな悲観的な性分から何とか逃げ出したいという、私の心の希求から生まれたものかと思います。ある種の心の反発とでも言いましょうか。しかしそれは、自らの意志とは全く別のところで起こる無意識の反応です。
    ジュアン・ミロ(Joan Miro 1958)


  • ■ ミロ展(東京都美術館 2025)
  • 夜間開館日(金曜日)に鑑賞しようとタイミングを見計らっていたけれど、まだ梅雨明けしていない6月なのに、真夏の高温と強い陽射しに晒されて、早くもフラフラ〜クラクラの夏バテ状態に‥‥熱中症で倒れるのかと思いました。行きがけに立ち寄ったレコード・ショップで、カタルーニャのヴォーカル・デュオ、タルタ・レレーナ(Tarta Relena)の2ndアルバム《Es Pregunta》(Latency 2025)を購入。ミロの70年に及ぶ創作活動全体を振り返る 「存命中の画家自身が協力した1966年の展覧会に並ぶ、最大規模の回顧展」 は絵画、炻器、ブロンズ、リトグラフなど、97点を展示。「若きミロ 芸術への決意」 「モンリッチ─パリ 田園地帯から前衛の都へ」 「逃避と詩情 戦争の時代を背景に」 「夢のアトリエ」 「絵画の本質に向かって」 という5ブロックで、年代順に地下(LBF)から1階、2階へ巡回する。2階は写真撮影可。1階エレヴェーター横の通路で上映(約20分)されていた 「〈焼かれたカンヴァス〉シリーズの制作風景」(1973)は素通りしたが、動画サイト(YouTube)で視聴出来る。

    カタルーニャ・モンロッチの初期風景画は当時強く惹かれていたゴッホやセザンヌ、アンリ ・ルソーの影響が濃いポスト印象派。生涯ピカソが所蔵していたという〈自画像〉(Self-Portrait 1919)と〈スペインの踊り子の肖像〉(Portrait of a Spanish Daughter 1921)はキュビスム。蘭画家ヘンドリック・ソルフ(Hendrick Sorgh c.1611-1670)の〈リュート奏者〉(The Lute Player 1661)を改変した〈オランダの室内Ⅰ〉(Dutch Interior I 1928)はシュルレアリスム(リリュートを弾く男性が日の丸みたいに拡大されて、右の女性は縮小。白いテーブルクロスがダリの絵のようにグニャリと変形して、手前左に犬、右に小さなネコが描かれている)。〈星座〉シリーズ〈カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち〉(People at Night, Guided by the Phosphorescent Tracks Of Snail)、〈明けの明星〉(Morning Star)、〈女と鳥〉(Woman and Birds 1940)が展示されている区画は照明が落とされて、絵画と題名だけが発光しているように見える。「ミロの絵から立体化と陰影が消えた年」 からカンディンスキーを想わせる半抽象絵画へ飛翔したのは興味深い。

    女、鳥、星、月、太陽、海星、蜘蛛、カタツムリ、花火、目玉など、ミロお気に入りのモチ ーフが繰り返し描かれる。ボトル、グラス、石など静止している無機物であっても、描かれたカンヴァスの中で軽やかに動き出し、愉しげに踊り出す。原色(赤・青・緑・黄)で着色されたブロンズの椅子やサイドテーブルが擬態化したというか、人や鳥が無機質の家具やパラボラ・アンテナ(?)と化したような〈女と鳥〉(Woman and Bird)、〈座る女と子ども 1967〉(Seated Woman and Child)、〈紳士、淑女〉(Sir, Madam 1969)、ルーチョ ・フォンタナみたいにナイフで裂かれて〈焼かれたカンヴァス 2〉(Burnt Canvas 1973) 、子供の落書きのような〈にぎやかな風景〉(Animated Landscape 1970)、ジャクソン ・ポロックみたいな黒い〈花火 I ・ II ・ III〉(Fireworks I ・ II ・ III 1974)などが奥に一望出来る撮影可の区画(第5章)は愉しい。片隅に展示されているヴァルブやマネキンをリサイクルした〈逃避する少女〉(Girl Escaping 1967)の真っ赤な下半身はスカンク草井にコールタールを塗られた透明アンドロイド(電光人間)のようにエロかったりする。

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  • 静止──これは私の心に響きます。このボトル、このグラス、人気のない浜辺の大きな石。どれも動かないものですが、私は自分の心の中で、それらが、ぐらり、ごろりと大きく動き出すのを感じます。この感覚は、あわただしく動き回っている人間を見ても感じることがないものです。浜辺で泳いだり、あくせく動き回ったりする人間に、石の不動さほどの意味を見つけることはできない。動かないものは動くものよりも、ずっと壮大に雄大になるのです。静止は、何かが動き出す空間を想い起こさせます。/ 私は、静止の中に、一瞬たりとも止まることがない動き、無限の動きを見る。それは十八世紀の哲学者カントが言うところの、有限の中に無限が入りこむ瞬間です。/ 小石という動かない無機物は、特別な動き──単に動くというだけはない無限の動きを、私に示唆します。それは、火山の噴火のように、炎から閃光を放って飛び散る花火のような形になって、私の絵の中に現れます。
    ジュアン・ミロ(Joan Miro 1958)


  • □ ミロのことば 私は園丁のように働く(平凡社 2025)ジュアン・ミロ
  • 「私は園丁のように働く」(Je travaille comme un jardinier 1963)はパリの20世紀国際芸術協会から出版された限定アートブック(145部)。1964年、英テートギャラリーで開催された個展のカタログとして英仏2カ国語のテキストで再版された。1958年11月、仏芸術家・作家・批評家イヴォン・タイヤンディエ(Yvon Taillandier 1926-2018)がインタヴューしたミロの話し言葉を書き起こしたモノローグである。瀧口修造、飯島耕一、東野芳明、大岡信など、多くの先人たちがミロを紹介・研究してきたが、本書だけは 「邦訳版の書籍になっていなかった」 という。「ミロの絵の中には、今再び争いと弾圧に飲み込まれそうになっている私たちを救う、たくさんのこたえがある」 「すべての言葉を載せた邦訳本にならぬまま、すでに六十二年という月日が流れてしまったことに気づいたとき、これはなんとしても蘇らせなければと切実に思った」 と綴る訳者・阿部雅世の 「解説」 と 「あとがきによせて」 は胸熱。

  • □ ミロの言葉(未知谷 2025)谷口 江里也
  • ジュアン・ミロの言葉38篇に、写真家ジョアキン・ゴメス(Joaquim Gomis 1902-1991)のモノクロ写真76葉、詩人・ヴィジョンアーキテクト谷口江里也の解説を添えている。ミロの言葉よりも著者の解説の方が長いので、ミロについてのエッセイという色彩が濃い。「空の星は、私の愛する者たちの分身」(ミロの言葉 10)の解説は《ミロの絵にはいろいろな星が登場します。その一つひとつに、ここでミロが述べた想いが込められているのでしょう。ちなみに私(谷口)には、ピカソと親しかった写真家のロベルト・オテロ(1931-2004)という友人がいました。彼からの伝聞ですが、ピカソがオテロに 「俺は道を踏み誤った詩人なのかもしれない」 と言ったとき、「そうかもしれないけれど、良い方に踏み誤ったと思うよ」 と答えた際、ピカソはこう言い継いだそうです。「ミロはずーっと星を描いているけど、あんな風に星を描き続けるのは大変なことなんだよ」 》‥‥以下7行(169字)続く。

  • □ もっと知りたいミロ(東京美術 2022)松田 健児 / 副田 一穂
  • ジュアン・ミロ(Joan Miro 1893-1983)はスペイン・カタルーニャ生まれ。時計修理職人の父ミケル・ミロは息子に簿記を学ばせ、会計係として働かせた。画家になると決意していたミロは2年間働き続けてチフスを患う。両親が購入したモンロッチの別荘で療養、回復して画家になる夢を父親に認めてもらう。1918年ダルマウ画廊で初の個展を開いたミロは1920年春パリに滞在。アトリエの隣人アンドレ・マッソンを介してシュルレアリストの画家、作家、詩人たちと出会う。1931年暮れ、経済的に行き詰まったミロは個展の開幕を見届けてバルセロナの実家に戻る。1936年7月、軍部クーデターによってスペイン内戦が勃発。パリに逃れたミロは1939年夏、ノルマンディ・ヴァランジュヴィルに滞在するが、1940年5月ドイツ軍の北部フランス侵攻によって、妻子(ピラールとマリア)とパリ経由でスペインに帰国し、マジョルカ島に隠遁。1941年モンロッチに滞在。1942年バルセロナへ帰還‥‥このトライアングル(三角形)はミロの画業を理解するための重要な拠点となったという。

  • もはやこの時代、孤立した家をどれだけ建てても意味がないということを、私たちは知っている。自分だけのために建てた豪華な別荘を持つことなど、何の意味もないこともわかっている。私たちは今、すべての人のための大きな大きな家を建設しているのです。そして、ごく自然に画家にも協力が求められるようになる。創り人知らずの立場をとることで、私は自分を捨てることができ、自分を捨てることで、さらに自分を肯定し主張することができる。沈黙がノイズの否定であるのと同じように、沈黙の中のわずかなノイズは壮大な音楽になるのです。/ 私は、静寂の中に隠されたノイズを、不動の中にある動きを、無機物の中にある生命を、有限の中にある無限を、空虚の中にある形を、そして無名の中にある私自身を、同じ方法で探索し続けています。これがマルクスの言う 「否定の否定」 です。否定を否定することによって、私たちは肯定するのです。
    ジュアン・ミロ(Joan Miro 1958)


  • ジュアン・ミロと日本の結びつきは強く深い。初期にはキュビスムやフォーヴィスムだけでなく、浮世絵に影響された絵を描いていた。スペインを代表する画家ピカソとダリは意外にも一度も日本を訪れていないが、ミロは二度来日(1966年と1969年)している。1944年、親友の陶芸家アルティガス(Josep Llorens Artigas 1992-1988)と共同制作した陶芸作品は日本の民藝運動と共鳴しているし、大阪万博のガスパビリオンに設置された陶板壁画〈無垢の笑い〉(Innocent Laughter 1969)は国立国際美術館のエントランスホールに常設展示されている。世界初の単行本『ミロ』(1940)を刊行した瀧口修造とコラボした詩画集『手づくり諺』(1970)と『ミロの星とともに』(1978)。マジョルカに完成した大きなアトリエで制作した三連画〈花火〉(1974)は日本の水墨画や前衛書道を想わせる。「日本人によって新たに書き下ろされたミロ本は1981年を最後に刊行されていない」 という。「40年ぶりに日本人研究者によって書かれた待望のミロ入門書」 が 「げんこつを食らったような」(ミロの言葉)衝撃を与える。

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    ミロ展

    ミロ展

    • アーティスト:ジュアン・ミロ(Joan Miro 1893-1983)
    • 会場:東京都美術館
    • 会期:2025/03/01~07/06
    • 主催:東京都美術館 / ジュアン・ミロ財団 / 朝日新聞社 / テレビ朝日
    • 概要:本展は、〈星座〉シリーズをはじめ、初期から晩年までの各時代を彩る絵画や陶芸、彫刻により、90歳まで新しい表現へ挑戦し続けたミロの芸術を包括的に紹介します。世界中から集った選りすぐりの傑作の数々により、ミロの芸術の真髄を体感できる空前の大回顧展です


    ミロのことば 私は園丁のように働く

    ミロのことば 私は園丁のように働く

    • 著者:ジュアン・ミロ / イヴォン・タイヤンディエ(編)/ 阿部 雅世(訳)
    • 出版社:平凡社
    • 発売日:2025/05/08
    • メディア:単行本
    • 目次:はしがき / 私は園丁のように働く / イヴォン・タイヤンディエによる一九六三年初版序文 / 訳注 / 解説 「どこにでもいるミロ」 飯島 耕一 / あとがきにかえて / ミロの本棚


    ミロの言葉

    ミロの言葉

    • 著者:谷口 江里也(編・訳)/ ジョアキン・ゴメス(写真)
    • 出版社:未知谷
    • 発売日:2025/03/18
    • メディア:単行本
    • 内容:ミロ自身が語った芸術と人生についての言葉 / 親友だったゴメスが残したミロと作品の写真 / ゴメスと親しんだ谷口が書くミロのこもごも / 写真76葉


    もっと知りたいミロ

    もっと知りたいミロ 生涯と作品

    • 著者:松田 健児 / 副田 一穂
    • 出版社:東京美術
    • 発売日:2022/02/18
    • メディア:単行本(アート・ビギナーズ・コレクション)
    • 目次:初期─カタルーニャに生まれて─1893‐1919 / パリ、シュルレアリスム 1920‐1929 / シュルレアリスムの国際展開と、スペイン内戦1930‐1939 / 独裁体制下の国内亡命 1940‐1946 / マジョルカから世界へ1947‐1974 / 民主化スペインの顔 1975‐1983
    ラベル:art Espana Miro
    posted by sknys at 00:11| 東京 ☁| Comment(0) | a r t | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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