2011年09月16日

望都と在りて



  • それはミューたちの、わずかな突起になっているだけのその部分とは、まったく型を違えていた。"変化" とはこういうことだったのだろうか、と、"春狂い" は思った。あの活発な小さな部分は、何か卵に関係があるのだろうか? "変化" とその "結果"。 "先にならないと──" もっと先。どのくらい? / 何度目かに訪れて、"春狂い" は新しい集団の中のさらに別の個体を見つけだした。それは一位の住まいの、最も奥庭に面した部屋に属していて、この一体にだけ、専用の教師が常についていた。/ その個体は浅い水を流した中庭で、他の幼児と一緒に光と水を浴びていた。頭部には水に濡れた白い髪が張りついていた。それは頬を赤くしてしきりに笑い声を上げていた。水っぽい草地に座り、両手両足をばたつかせていたが、小さな足の間には、この新しい集団特有の部分が、見当らなかった。突起にもなっていなかった。──ばかりか、何かを閉ざした後のように、一本の線が入っていた。/「それは、変わっているね」/ "春狂い" はその世話をしている教師に話しかけた。
    萩尾 望都 「美しの神の伝え」


  • ◇ 夢みるビーズ物語(ポプラ社 2009)
  • ポプラ社のPR誌「asta*」(2008~09)に連載されていたカラー・イラスト5枚とコミック9篇‥‥ビーズ・アクセサリーを題材にした詩画集(見開き2頁)とコミック・エッセイ(6コマ×4頁)を収録した趣味のビーズ本。単行本化する際にコミックをカラー化して、新たに4篇描き下ろしている。巻末に著者インタヴュー、オリジナル・ビーズ・アルバムと制作ノート(ヘッドドレス、ネックレス、イヤリング、人形)を併録。「ケチな私はリッチな気分になれないのが悲しい〜」「脳の欲望は無限大」「かたづけられない女」‥‥など、著者のプライヴェートが垣間見れるコミックも面白いし、ビーズで作った「エドガーの薔薇の帽子」、 『マージナル』のネックレス、「オスカーの十字架」、『11人いる!』のキャラ人形(11体)なども綺麗で可愛い。友人が赤坂の裏通りに開いていた創作手芸の店に萩尾望都名でビーズ・アクセサリーを出したものの余り売れず、ディスプレイ用に描いた「猫のイラスト」の方が売れたというエピソードも可笑しい。

  • ◇ 銀の船と青い海(河出書房新社 2010)
  • 少女マンガ誌「LaLa」(1976~78)に発表されたイラストや小学校教員向けの雑誌「小三教育技術」(1974~76)に掲載された物語を中心に纏めた童話集。カラー・イラストに文章を添えた詩画集(16篇)が全体の1/3を占める。「カーテンコールのレッスン」や「ストロベリーフィールズ」など、「萩尾望都原画展」に展示されていた美しいイラスト画も多数収録されている。後半(12篇)はエッセイ風の「オルゴール」、リアリスティックな「賞子の作文」や「北の庭」、ファンタジック・ホラーの「人形の館」、近未来SFの「アフリカの草原」‥‥など、少女マンガとは異なる萩尾望都の多種多彩な小説世界が愉しめる。童話「ハピーオニオンスープ」は週刊少女コミック(1979年1月5日号)の付録で、モーさま本人の朗読による白いソノシートが付いていた。『銀の船と青い海』にも少コミ童話館「ハピーオニオンスープ」の朗読CDが同梱されていたら完璧だったのに‥‥。

  • ◇ 音楽の在りて(イースト・プレス 2011)
  • 著者初のSF小説集は11篇の短篇と中編「美しの神の伝え」(156頁)という構成で、巻末に「ヘルマロッド殺し」の続編コミック「左ききのイザン」(1978)が特別併録されている。ショート・ショートの「憑かれた男」(1991)を除き、SF誌「奇想天外」(1977~80)に掲載・連載された作品である。マンガ家が片手間に書いた「小説」とは思えないほど熟れていて面白い。左腕の原子銃で射殺されたヘルマッド・ヴァンサのクローン(ヘルマロッド・19)が逃亡した殺人者イザン・ツップの後を追って行き再び殺される。再生したヘルマロッド・18も何故殺されたのかを知りたくて、同じようにイザンに会いに行く‥‥子供を産めないサーサ・クーフ人は分裂して増え、外で作った子供を婚約者にプレゼントとして贈るという特殊な生体系だった「ヘルマロッド殺し」。生まれたばかりの子供を失くした個人貿易運航業のアーシは貨物貿易用の古い船で宇宙へ飛び出て「漂流船」に遭遇‥‥ワープ航法中の事故で頭方上層部の復元に失敗した生存率5%の宇宙船の中から、たった1人の生存者(第2コンピュータのディマが育てた9歳の少女フィドラー)を救出する「子供の時間」。

    校舎の中央にある塔の頂上にキャンディのようなカラフルな箱を次々に造って立て籠っている34人の生徒たち‥‥非常事態の人命救助を仕事にしているESPのヘルは最年長のエシュと交渉して少年たちを救けようとする。校長は砲撃によって反乱分子を抹殺しようとするが、彼らは別世界へと旅立つ「おもちゃ箱」。柏木コウイチとユーの小学生兄妹が秋の終わりの週末、市場から家へ帰る途中の近道‥‥村の中を抜けて廃駅を通った時に次元を滑って「現実」と良く似た別世界(パラレル・ワールド)へ行ってしまう「クレバス」。規則正しい信号をキャッチして、ある小さな惑星に着陸した「開発オバタマ号」(花郁悠紀子の本名+渾名)の乗組員5人が奇妙な1人の男(考古学者)と彼が発掘している古代遺跡に出遭う「プロメテにて」。13年前に発見された小さな異星の遺跡‥‥考古学者に案内された音楽家が楽器や譜面、そして最後に広い階段の手摺に置いたビール瓶から零れた水によって、音楽を奏でる水回しオルゴールを偶然に発掘する「音楽の在りて」。

    交通事故で急死した担当編集者の霊が新人少女マンガ家・年始(城文字始)に "ハジメ" と呼びかけて、32頁のロマンチックなミステリー作品を描かせる「闇夜に声がする」。マンガ好きの糸田香子(私)が中学に入って、同学年の長い黒髪の美少女と意気投合‥‥貸本屋から「マーガレット」を借りて回し読み、共にマンガ家を目指す「マンガ原人」。製菓会社エヴァノンの放送したグー・クラッカーのCMがニューリブ7番惑星ジョイの首都ジョイスで暴動を引き起こし、反乱軍まで組織された事態を憂慮したエヴァノンの社長と宙通宣伝コマーシャル部門のトンボ課長がジョイスへ向かう「CMをどうぞ」。酒場の階段を踏み外して落下した新進若手演出家に取り憑いた「外国人。西洋人。白人。長髪。ヒゲ。ヒッピー?」の男がミュージカルを成功させる「憑かれた男」。新薬師寺の薬師如来が失踪して、御本尊の方位を守る12神将(伐折羅、額弥羅、波夷羅、毘羯羅、摩虎羅、宮毘羅、招杜羅、真達羅、珊底羅、迷企羅、安底羅、因達羅大将)と拝観に来た学生(私)が奈良の寺々を探し回る「守人たち」。なぜコミックとして描かれなかったのか、もしマンガ化したらどのようなキャラや構図、構成、コマ割りになったのか?‥‥と想像しながら読むのも愉しい。

                        *

    中編「美しの神の伝え」は変光星に属する不安定な惑星で不変の生命を作り出そうとする寓話風SFである。大神が黄土色の広野に作った青い湖と神殿と居住地‥‥そして無個性の個体であるミューたち。15の居住地に分かれて棲む1〜15位のミューは15位になると、湖の中央に建つ神殿に召されて新たに再生する。神殿に住む使者ア・バンは塔の中からミューたちを見張って、永遠不変の生命を齎すという「美しの神」が生まれるのを待っている。無機質の合金で出来た "教師" がミューたちを教育している。ある年、4位のミューが水辺に落ちて溺死する。仲間の「死」を怖れた1人のミューは集団から外れて "別のもの" と呼ばれるようになる。花々の蕾が脹らむ頃になると丘の向こうへ歩いて行きたくなる "春狂い" と出会った "別のもの" は塔へ向かって泳ぎ、塔を昇る途中で落下して水死してしまう。再生のための神殿行きを嫌って丘の向こうへ旅立った "春狂い" は使者に捕まって塔へ連れて行かれる。"春狂い" の代わりに再生の箱の中に入った "別のもの" 。"春狂い" は再生のためのスペアとして神殿に住むようにになる。

    11位のミュー「舌足らず」が抱えた不安‥‥再生の箱が孵らない卵だったら一体どうなるのかと怖れるミューと "春狂い" は使者の目を盗んで、塔の下へ秘密のエレヴェータで降りて行く。小路を抜けたところにある広くて明るい部屋の床下で発光する箱の群れ。やがて湖に変化が訪れる。1位の島に入った者は金黄色の肌、金赤色の髪、金茶色の目を持つミューではなく、使者に似た白っぽい肌の色をした髪も目の色も個体差のある "望まれるもの" だった。湖に大嵐が起こり、水位が増す。 "望まれるもの" と2位、3位のミューの殆どは塔の内部に避難したが、4位から7位までのミューは全滅する。 "望まれるもの" のツーロンが1人のミュー(ツーロンが呼ぶ時は "おまえ" 、ミューの仲間が呼ぶ時は "かれ" )を認識する。長身のシェスも同じように1人のミューに魚(の目玉)を食べさせたことから彼を "目玉" と呼ぶ。ある日、ツーロンは森の住人を探しているミューに出会う。森の奥、地の果てに棲むという森の主は合金の "教師" が言うように「死」を持った魔なのだろうか?

    嵐が湖を襲った日、"春狂い" は1人の "望まれるもの"(フィーズ)を攫って逃げた。森の中で出会った「細長いもの」が1・1の教師ペラの中に入り込んで「にせの教師」となる。森の住人が目撃した七色の布を纏った白くて小さな個体‥‥ "教師" による森の住人狩り。シェスと "目玉" 、古いミューたちは森の主に会いに行く。主の岩に開いた穴から降りて地下道へ入ったシェスは「つなぎ目」を越え、全く別の世界に出て無邪気な白い人・フィーズに遭遇する。彼はフィーズに案内されて森の主の許へ行く‥‥彼は湖から逃げ出した "春狂い" だった。塔の中で目覚めたツーロンは使者の要請で 、森の住人を奪い合っている "教師" とミューの争いを止めようとするが、"かれ" を判別出来ないツーロンは錯乱して "かれ" を斬り殺してしまう。"春狂い" 、シェス、「にせの教師」、フィーズの4人は地下道を通って湖に戻る。「にせの教師」の離脱、"春狂い" の死、シェスはフィーズを抱えるようにして家路に着く‥‥その夜、再び大嵐が起こった湖ではミューと "望まれるもの" がフィーズを手に入れるために戦うことになる。

  • 「ア・バン、この光は何? なんですか?」/「大神の残光だよ。大神は手に入れた。‥‥だからあとは、‥‥もういちど大神が‥‥発生するまで待つしかない。そのときに、大神が、どんな方法でやるつもりかは、大神にしかわからんだろうし‥‥」/「ア・バン」/「なんだね」/「あれはつなぎ目の向こうにある光です」/ フィーズの細い体はするりと使者の手をくぐりぬけた。一瞬の間。小さな神は素足の足先から闇を抜けた輝きの方向へ落ちていった。使者は何も見なかった。見るひまもなかった。/ 空間は爆発した。/ 塔も水も嵐も吹き飛んだ。/ 大神は消えてしまう用意をしていた。平安に向かって。それは当分はできない相談になった。彼らは最大級の勢いで急に内臓に手を突っこまれて裏返しになってしまったかのように──四散した。無の空間へ。// フィーズはつなぎ目をくぐりぬけ、岩間をぬけて陽の下へ出た。するとそこに赤い肌のミューがいて、待ち受けて両手を広げていた。/「ハル‥ハ‥ル、やっぱり、やっぱり」/ フィーズは駆け寄った。瞬時の夢。// そして何もかもが光に戻った。

  • ◇ 一瞬と永遠と(幻戯書房 2011)
  • 『思い出を切りぬくとき』(あんず堂 1998)以来、実に13年振りのエッセイ集というだけあって、文章も研ぎ澄まされているし、テーマや内容も深化している。小中学生時代の思い出やマンガ、SF小説、映画、演劇、バレエなどについて。「季刊へるめす」(岩波書店)、「キネマ旬報」、「ユリイカ」(青土社)などに連載・掲載されたエッセイや文庫解説、書評を収録。興味深いのは少女時代の著者が「少女マンガ」だけでなく、「少年マンガ」を読んで育ったということ。もし、石森章太郎のオムニバス短篇「きりとばらとほしと」を読んでいなかったら「ポーの一族」は生まれなかったかもしれないし、手塚治虫の「新選組」に出会わなかったらマンガ家になっていなかったかもしれない。奈良・興福寺へ阿修羅像を見に行って、壁際のソファで30分も寝入ってしまったというエピソードを新聞の文化欄(朝日新聞 2009.5.18)で読んだ時は「流石はモーさま!」と仰天しちゃいました。はぐれ角川からの上梓というのも感慨深いなぁ。

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    夢見るビーズ物語

    夢見るビーズ物語

    • 著者:萩尾 望都
    • 出版社:ポプラ社
    • 発売日:2009/12/16
    • メディア:単行本(ソフトカバー)
    • 目次:少年の花冠 / 私はいかにして浅草橋にたどりついたか / 辺境のその果て / 人はなぜ飾るのか / すてきなパリ / パリでビーズを買っちゃったりして / 緑の回廊 / 十字架の神秘 / バレエに酔って / あこがれのバレエ / 宇宙の話 / 宇宙はユートピアの夢を見るか?


    銀の船と青い海

    銀の船と青い海

    • 著者:萩尾 望都
    • 出版社:河出書房新社
    • 発売日:2010/10/26
    • メディア:単行本
    • 収録作品:びいどろの恋 / 幻想 / チョウチョ / 3月3日 / 金のピアノ / 花々に住む子供 / みどりの風 / 中学生 / 紅茶の話 / 水色のエプロンの女の子 / 食肉花 / サングリアタイム / カーテンコールのレッスン / 歌を忘れたカナリヤ / 眠りの精 / ストロベリーフィールズ / オルゴール / ハピーオニオンスープ / 月夜のバイオリン / 賞子の作文 / 銀の船...


    音楽の在りて

    音楽の在りて

    • 著者:萩尾 望都
    • 出版社:イースト・プレス
    • 発売日:2011/04/23
    • メディア:単行本
    • 収録作品:ヘルマロッド殺し / 子供の時間 / おもちゃ箱 / クレバス / プロメテにて // 音楽の在りて / 闇夜に声がする / マンガ原人 / CMをどうぞ / 憑かれた男 / 守人たち / 美しの神の
      伝え // 左ききのイザン(コミック)


    一瞬と永遠と

    一瞬と永遠と

    • 著者:萩尾 望都
    • 出版社:幻戯書房
    • 発売日:2011/06/14
    • メディア:単行本
    • 目次:青緑色の池 / 先生の住所録 / 青の時代──「アイロンをかける女」/ 青のイメージ /「声」の通り道──天童大人「聲ノ奉納」/ 宙空漂う「なぜ」の問いかけ / 一瞬と永遠と / 地球の半分の雪 / 安里屋ユンナ / 私は生き物。同じ生き物。/ ガラパゴス・ハイ / 食卓にはブラッドベリの幸福を / 単純な解答 / 幻想に帰すディック / クック・ロビンは一体何をし...
    ラベル:hagio moto books comic SF
    posted by sknys at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | b o o k s | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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