
萩尾 望都 「美しの神の伝え」
校舎の中央にある塔の頂上にキャンディのようなカラフルな箱を次々に造って立て籠っている34人の生徒たち‥‥非常事態の人命救助を仕事にしているESPのヘルは最年長のエシュと交渉して少年たちを救けようとする。校長は砲撃によって反乱分子を抹殺しようとするが、彼らは別世界へと旅立つ「おもちゃ箱」。柏木コウイチとユーの小学生兄妹が秋の終わりの週末、市場から家へ帰る途中の近道‥‥村の中を抜けて廃駅を通った時に次元を滑って「現実」と良く似た別世界(パラレル・ワールド)へ行ってしまう「クレバス」。規則正しい信号をキャッチして、ある小さな惑星に着陸した「開発オバタマ号」(花郁悠紀子の本名+渾名)の乗組員5人が奇妙な1人の男(考古学者)と彼が発掘している古代遺跡に出遭う「プロメテにて」。13年前に発見された小さな異星の遺跡‥‥考古学者に案内された音楽家が楽器や譜面、そして最後に広い階段の手摺に置いたビール瓶から零れた水によって、音楽を奏でる水回しオルゴールを偶然に発掘する「音楽の在りて」。
交通事故で急死した担当編集者の霊が新人少女マンガ家・年始(城文字始)に "ハジメ" と呼びかけて、32頁のロマンチックなミステリー作品を描かせる「闇夜に声がする」。マンガ好きの糸田香子(私)が中学に入って、同学年の長い黒髪の美少女と意気投合‥‥貸本屋から「マーガレット」を借りて回し読み、共にマンガ家を目指す「マンガ原人」。製菓会社エヴァノンの放送したグー・クラッカーのCMがニューリブ7番惑星ジョイの首都ジョイスで暴動を引き起こし、反乱軍まで組織された事態を憂慮したエヴァノンの社長と宙通宣伝コマーシャル部門のトンボ課長がジョイスへ向かう「CMをどうぞ」。酒場の階段を踏み外して落下した新進若手演出家に取り憑いた「外国人。西洋人。白人。長髪。ヒゲ。ヒッピー?」の男がミュージカルを成功させる「憑かれた男」。新薬師寺の薬師如来が失踪して、御本尊の方位を守る12神将(伐折羅、額弥羅、波夷羅、毘羯羅、摩虎羅、宮毘羅、招杜羅、真達羅、珊底羅、迷企羅、安底羅、因達羅大将)と拝観に来た学生(私)が奈良の寺々を探し回る「守人たち」。なぜコミックとして描かれなかったのか、もしマンガ化したらどのようなキャラや構図、構成、コマ割りになったのか?‥‥と想像しながら読むのも愉しい。
*
中編「美しの神の伝え」は変光星に属する不安定な惑星で不変の生命を作り出そうとする寓話風SFである。大神が黄土色の広野に作った青い湖と神殿と居住地‥‥そして無個性の個体であるミューたち。15の居住地に分かれて棲む1〜15位のミューは15位になると、湖の中央に建つ神殿に召されて新たに再生する。神殿に住む使者ア・バンは塔の中からミューたちを見張って、永遠不変の生命を齎すという「美しの神」が生まれるのを待っている。無機質の合金で出来た "教師" がミューたちを教育している。ある年、4位のミューが水辺に落ちて溺死する。仲間の「死」を怖れた1人のミューは集団から外れて "別のもの" と呼ばれるようになる。花々の蕾が脹らむ頃になると丘の向こうへ歩いて行きたくなる "春狂い" と出会った "別のもの" は塔へ向かって泳ぎ、塔を昇る途中で落下して水死してしまう。再生のための神殿行きを嫌って丘の向こうへ旅立った "春狂い" は使者に捕まって塔へ連れて行かれる。"春狂い" の代わりに再生の箱の中に入った "別のもの" 。"春狂い" は再生のためのスペアとして神殿に住むようにになる。
11位のミュー「舌足らず」が抱えた不安‥‥再生の箱が孵らない卵だったら一体どうなるのかと怖れるミューと "春狂い" は使者の目を盗んで、塔の下へ秘密のエレヴェータで降りて行く。小路を抜けたところにある広くて明るい部屋の床下で発光する箱の群れ。やがて湖に変化が訪れる。1位の島に入った者は金黄色の肌、金赤色の髪、金茶色の目を持つミューではなく、使者に似た白っぽい肌の色をした髪も目の色も個体差のある "望まれるもの" だった。湖に大嵐が起こり、水位が増す。 "望まれるもの" と2位、3位のミューの殆どは塔の内部に避難したが、4位から7位までのミューは全滅する。 "望まれるもの" のツーロンが1人のミュー(ツーロンが呼ぶ時は "おまえ" 、ミューの仲間が呼ぶ時は "かれ" )を認識する。長身のシェスも同じように1人のミューに魚(の目玉)を食べさせたことから彼を "目玉" と呼ぶ。ある日、ツーロンは森の住人を探しているミューに出会う。森の奥、地の果てに棲むという森の主は合金の "教師" が言うように「死」を持った魔なのだろうか?
嵐が湖を襲った日、"春狂い" は1人の "望まれるもの"(フィーズ)を攫って逃げた。森の中で出会った「細長いもの」が1・1の教師ペラの中に入り込んで「にせの教師」となる。森の住人が目撃した七色の布を纏った白くて小さな個体‥‥ "教師" による森の住人狩り。シェスと "目玉" 、古いミューたちは森の主に会いに行く。主の岩に開いた穴から降りて地下道へ入ったシェスは「つなぎ目」を越え、全く別の世界に出て無邪気な白い人・フィーズに遭遇する。彼はフィーズに案内されて森の主の許へ行く‥‥彼は湖から逃げ出した "春狂い" だった。塔の中で目覚めたツーロンは使者の要請で 、森の住人を奪い合っている "教師" とミューの争いを止めようとするが、"かれ" を判別出来ないツーロンは錯乱して "かれ" を斬り殺してしまう。"春狂い" 、シェス、「にせの教師」、フィーズの4人は地下道を通って湖に戻る。「にせの教師」の離脱、"春狂い" の死、シェスはフィーズを抱えるようにして家路に着く‥‥その夜、再び大嵐が起こった湖ではミューと "望まれるもの" がフィーズを手に入れるために戦うことになる。
*
- 「一瞬と永遠と」は〈PAGE VIEW〔900000〕〉から再録しました(一部改稿

- 著者:萩尾 望都
- 出版社:ポプラ社
- 発売日:2009/12/16
- メディア:単行本(ソフトカバー)
- 目次:少年の花冠 / 私はいかにして浅草橋にたどりついたか / 辺境のその果て / 人はなぜ飾るのか / すてきなパリ / パリでビーズを買っちゃったりして / 緑の回廊 / 十字架の神秘 / バレエに酔って / あこがれのバレエ / 宇宙の話 / 宇宙はユートピアの夢を見るか?

- 著者:萩尾 望都
- 出版社:河出書房新社
- 発売日:2010/10/26
- メディア:単行本
- 収録作品:びいどろの恋 / 幻想 / チョウチョ / 3月3日 / 金のピアノ / 花々に住む子供 / みどりの風 / 中学生 / 紅茶の話 / 水色のエプロンの女の子 / 食肉花 / サングリアタイム / カーテンコールのレッスン / 歌を忘れたカナリヤ / 眠りの精 / ストロベリーフィールズ / オルゴール / ハピーオニオンスープ / 月夜のバイオリン / 賞子の作文 / 銀の船...

- 著者:萩尾 望都
- 出版社:イースト・プレス
- 発売日:2011/04/23
- メディア:単行本
- 収録作品:ヘルマロッド殺し / 子供の時間 / おもちゃ箱 / クレバス / プロメテにて // 音楽の在りて / 闇夜に声がする / マンガ原人 / CMをどうぞ / 憑かれた男 / 守人たち / 美しの神の
伝え // 左ききのイザン(コミック)

- 著者:萩尾 望都
- 出版社:幻戯書房
- 発売日:2011/06/14
- メディア:単行本
- 目次:青緑色の池 / 先生の住所録 / 青の時代──「アイロンをかける女」/ 青のイメージ /「声」の通り道──天童大人「聲ノ奉納」/ 宙空漂う「なぜ」の問いかけ / 一瞬と永遠と / 地球の半分の雪 / 安里屋ユンナ / 私は生き物。同じ生き物。/ ガラパゴス・ハイ / 食卓にはブラッドベリの幸福を / 単純な解答 / 幻想に帰すディック / クック・ロビンは一体何をし...
【関連する記事】