
たとえば『赤い靴』のカーレンという貧しいあわれな少女は、初めて持つことが出来た、美しい赤い靴を教会にはいて行ったというだけで、身体は死にそうにくたくたに疲れているというのに踊りをやめることが出来なくなってしまうという罰をうけ、自動的に踊りつづける決して脱ぐことの出来ない靴から解放された時には両脚を切断されているのである。どうしても足から取ることが出来ない靴を脱ぐには、脚を切る他ないというわけだ。このカーレンの受ける罰が、どうやら他のアンデルセンの作中人物の受ける試練や罰にもまして一等ひどい仕打ちのようにも思えるが、人魚姫にしても、あるいは、あのアヒルの子、エルザ、インゲル、マッチ売りの少女たちに与えられた運命にしたところで、やはり、なにか不自然なまでの痛めつけられかた──1つの行為に対する罰としての試練であるにせよ、偶然のめぐりあわせにせよ、貧しさにせよ──という感じを受けはしないだろうか。
金井 美恵子 「アンデルセンの歯痛」
Kate Bushの《The Sensual World》(EMI 1989)は当時の潮流を反映してワールド・ミュージック色の濃いアルバムだったが、The Trio Bulgarkaと共演した3曲は比較的地味な楽曲の中にあって異彩を放っていた。最初、ブルガリア女声コーラス隊は意外なところに顔を出す。〈Deeper Understanding〉というコンピュータとの対話を描いた曲の中のバック・コーラスとして登場するからである。それに較べると、彼女のワールド・ミュージック観とも受け取れる〈Never Me Mine〉は、ワールド・ミュージックとの距離の取り方という面で根源的な問いかけを孕んでいる。魅惑的な歌の中で彼女は「これこそ私の求めていたものだ / 私の必要とするものだ」と歓喜した後で、「でも決して私のものにはならない」と諦観するのだから。
自分の希求していたものに同一化出来ないと悟った時の戦慄と苦痛‥‥1億総何とかで盲目的に対象にベッタリ貼り付き、一時のブームが去った途端、台風一過のように綺麗サッパリ忘却の彼方へ忘れ去ってしまう土人の国民性とは雲泥の差ですね。そもそも始まりが無批判なだけに、それに対する反省もクソもない。私財を擲って「REAL WORLD」を創設したというピーガブことPeter Gabrielの立場も彼女と同じだろう。同一化出来ないのなら冷静かつ批評的に、今日的な展開や進化を踏まえた上で世界の未知なる音楽を紹介して行こうとする真摯な姿勢。その背後には自分たちの拠って立つべき固有の「音楽」が控えているのは言うまでもない。たとえばヴァージニア・ウルフが「Modern Fiction」の中で、19世紀のロシア小説を殆ど絶賛しながらも、その最終節に至って「しかし、恐らく私たちは彼らにないものを視ているのだ」と反発するスタンスに似ていなくもない。この英国人の「気概」はKate BushやPeter Gabrielにも脈々と受け継げられているはずだ。
〈Never Me Mine〉で、ワールド・ミュージックが近くて遠い存在であることを確認したKate Bushは、続く〈Rocket's Tail〉で異文化との全面対決に挑む。これは「共演」というような生温い曖昧な関係ではなく、ケルト民族の末裔とマケドニアの魔女たちの戦闘のようにも思える。ブルガリアの3人衆は手強いけれど、「ケルトの妖精」と化したKate Bushも負けてはいない。お互いが背負っているロケットという「文化」の総重量や相違点を慮れば、一種の代理戦争(ロケット空中戦?)の様相も呈して来る‥‥。そんな他愛もない妄想を夜空に反映させていると、Dave Gilmourの過剰なギター・ソロに対して、「女同士の神聖な闘いに、そこのデブ男出て来るな、引っ込め!」という野次の1つも挙げたくなろうというものである。
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《The Red Shoes》(1993)はケルト風の内向性や東欧的な孤立感の残る《官能的世界》に較べて、より華やいだワールド・ミュージック的な広がり、トロピカルな解放感を体感出来る。妖精ケイトの体温も心持ち上昇して南ヘ下降して来たといったところか。多彩なゲスト陣、錚々たるメンバーの中で一番驚いたのは、Eric ClaptonでもJef BeckでもPrince殿下でも、前作に続いて2度目の登場のThe Trio Bulgarkaでもない。マダガスカルのヴァリハ(valiha)奏者、Justin Vali(Rakotondrasoa)の参加である。〈Eat The Music〉を初めて耳にした時、ハチロク(6/8)とヴァリハの揺らめく既視感に襲われた。海外の音楽誌に第1弾USシングルは「Caribbian Sound」と予告されていたので期待はしていたけれど、まさしく、これは「インド洋サウンド」‥‥Malagache Connexionの〈Bilo〉ではないかと、欣喜雀躍してしまったからだ。
Malagache Connexionはマダガスカルのミュージシャンが世代を超えて集結したアルバムで、グループ名でもコンピレーションでもない。インナースリーヴの解説文に「Bilo is the Malagasy Voodoo... It's strong but positive and colourful. Levitation is instant and continuous」と記されているように、《Bilo》(Silex 1992)はマダガスカルのヴードゥー音楽である。ヴードゥー・ミュージックというと、発祥の地である西インド諸島ハイチ、ヘイシャン・ヴードゥー(Haitian Vodou)を代表するBoukman Eksperyansが有名だが、一体どのようなコネクションでJustin ValiはKate Bushの《The Red Shoes》に参加することになったのだろうか。カリブ海とインド洋、同じハチロクでも血沸き肉踊るBoukman Eksperyansに対してMalagache Connexionには催眠効果があるらしく、「添寝の悪夢 午睡の夢」のようにウトウトしてしまう。
〈Eat The Music〉はハチロクの中に4拍子のリズムが内在している。ヴァリハやカボシィ(Kabossy)の奏でるリズムにアフタービート(2、4拍)のドラムが介入して来るから。もちろんハチロクのリズムに身を任す方が遙かに快感指数が高いのだが、ワールド・ミュージック愛好家はハチロクで、ロック・ファンは後者で‥‥とKate Bushが仄めかしているように聴こえないだろうか。ここで辣腕ドラマーBrice Wassyが披露した右手=6、左手=4というポリリズムの叩き分けが生きて来る(これが出来ない人はリズム音痴?)。ハチロクを4ビートで踊ることを可能にする方法を習得して以来、Salif Keita(『ガダラの豚』の呪術師バキリのモデルで有名?)、Khaled、Amina、Boukman Eksperyans、Malagache Connexion、Brice Wassy‥‥ハチロクの中に潜んでいる4/4的な要素を発見して狂喜する日々が続く。
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Justin Valiが参加した〈The Red Shoes〉は軽快な3連シャッフル・ビートで、残念ながらハチロクではない。しかし、〈赤い靴〉が両脚が足首から切り離されない限り死ぬまで踊り続けなければならない宿命にあることを想えば無理もない(ハチロクじゃ踊れない?)という気もする。アンデルセンの「あまりにも有名な、あのはいたが最後、ぬぐことも出来ず、踊りをやめることも出来なくなってしまう美しいエナメルの赤い靴」の童話については改めて説明するまでもないだろう。少女カーレンは「赤い靴を教会に履いて行ったというだけで」白い天使から異常とさえ想える厳罰を下され、首切り役人に懇願して彼女自身の両脚を赤い靴ごと切断してもらうのだが、切り離された左右の足首と赤い靴は、まるでアニメの「踊る靴」のように、それ自体が1対の独立した生命体であるかのように彼女の面前に現われて、狂ったように踊り続ける。
少女カーレンが一体どのような罪を犯したというのだろうか?‥‥この重すぎる理不尽な仕打ちは「罰」や「試練」というよりも一種の「呪い」に近い。〈The Red Shoes〉の中の一節、「She gotta dance, she gotta dance / And she can't stop 'till them shoes come off / These shoes do, a kind of voodoo / They're gonna make her dance 'till her legs fall off」という歌詞には、2重の意味(ヴードゥー・ミュージックと「赤い靴」の呪い)が隠されていたのである。ダンス・フロアで一晩中踊り明かしている若者たちも何かの「呪い」に取り憑かれているのだろうか。サウンド、リズム、歌詞内容などから総合的に判断して、〈The Red Shoes〉=Voodoo説を唱えたい。アンデルセンの残酷な童話が「ヴードゥーの呪い」なのかどうかは兎も角として‥‥。
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闇の中で光るヨーヨーの存在、お母さんが殺人鬼さえ匿ってくれること、初めて泳ぎを覚えた日‥‥Kate Bushの歌詞の中には少女期の怖れや戸惑いの記憶が色褪せることなく封印されている。〈Lily〉も「恐怖」について、人間以外のものに対する畏怖と、それに打ち勝つ方法についての歌である。少女ケイトは訴える。「私の生気が大っきい穴の中へ吸い込まれて行ってしまうような気持ちなのよ」と。それに応えてリリーは4大守護天使──ゲイブリエル、ラファエル、マイケル、ユリエル(英語読み)を前後左右に降臨させる「秘術」を伝授する。一見バカバカしいオカルト・ソングにも聞こえるけれど、この曲の白眉は間奏部分のスキャット〜Grrrrl(ネコ科の威嚇声色?)〜「臆病なネズミっ子!」と挑発する彼女自身の自虐的な表現にある。かつてMichael Stipeが自分たちのことを批判的に《What noisy cats are we》と歌ったように、Kate Bushは「This is a mouse babyish」と、自らを謂れのない恐怖から奮い立たせようとする。
第1弾UKシングル〈Rubberband Girl〉は、Kate Bushが女カンフーに扮したスリーヴから類推して、「ゴムバンドのように飛び跳ねる女」の意だろうか。〈Constellation Of The Heart〉はリズムやコーラスがFunkadelicしていて愉しい。〈Big Stripey Lie〉ではケイト自身が弾くノイズ・ギターが炸裂する(「Big Stripey」はゼブラやタイガーなど、縞模様のある野生の獣たちのことを指しているのかな)。《The Sensual World》に引き続いてThe Trio Bulgarkaが3曲で客演しているが、異文化の衝突や対決姿勢は影を潜め、バック・コーラス隊に徹している。サウンドよりもリズム面でのワールド・ミュージックを目指した結果かもしれない。〈The Song Of Solomon〉の女声コーラスは目頭が熱くなるほど美しい。「Don't want your bullshit, yeah / Just want your sexuality」‥‥なぁんて殺し文句は、なかなか言えません。しかも女性からは‥‥ね。
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- リマスター盤《The Red Shoes》(Fish People 2011)を聴きながら、記事をプチ改稿しました。オリジナル盤と聴き較べたわけじゃないけれど、敢えて音圧を抑えたデジタル・リマスターも悪くないと思います(2013. 12. 6)
- エロ男爵(yubeshiさん)に愛を込めて‥‥お疲れさまでした
- 〈Rocket's Tail〉は愛猫のロケットちゃんに捧げた曲なんですね。ゴロニャン^^
- 《The Red Shoes》に収録された6曲のPVをストリー仕立てにしたヴィデオ『The Line,The Cross & The Curve』(Sony 1993)もあります。「赤い靴」の呪い?

- Artist: Kate Bush
- Label: EMI
- Date: 1991/07/08
- Media: Audio CD
- Songs: Sensual World / Love And Anger / The Fog / Reaching Out / Heads We're Dancing / Deeper Understanding / Between A Man And A Woman / Never Be Mine / Rocket's Tail / This Woman's Work / Walk Straight Down The Middle

- Aritist: Kate Bush
- Label: Columbia
- Date: 2002/08/26
- Media: Audio CD
- Songs: Rubberband Girl / And So Is Love / Eat The Music / Moments Of Pleasure / Song Of Solomon / Lily / Red Shoes / Top Of The City / Constellation Of The Heart / Big Stripey Lie / Why Should I Love You? / You're The One

- Artist: Malgache Connexion
- Label: Silex
- Date: 1995/12/12
- Media: Audio CD
- Songs: Bilo / Zoma Dance / Vali Connexion / O Zokye / Dounia / Tiralila / Lalana / Walking G / Dida / Rila / Rakotozafy Medley / Voahangy / Zebu / Sana / Malala / Tsiki Tsiky

- Artist: Boukman Eksperyans
- Label: Mango
- Date: 1992/11/03
- Media: Audio CD
- Songs: Bay Bondye Glwa / Tande M Tande / Jou Nou Revolte / Karman Sa Ta Ye / Nanm Nan Boutey / Bade Zile / Zanset Nou Yo / Nwel Inosan / Eve / Fey / Vodou Adjae / Kalfou Danjere / Mayi A Gaye
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クービンの「対極」は、先を越された~と焦ったけれど、図書館から借りた本でしたか…
次は、もちろん、クビーンの「裏面」にチャレンジしましょう。
前に記事で紹介した「エドガー・A・ポウと世紀末のイラストレーション」には、クービン(本職は画家)のヘタウマな作品がいくつか掲載されています。
一番手っ取り早い方法はYouTubeに7分割されている
『The Line, The Cross & The Curve』を順に視聴することです。
ケイトさんのM字開脚(踊る赤い靴!)もありますよ^^;
『対極』は古本だと高値が付いているようです。
併載されている自作挿絵50余点も思いっきり下手クソですが、
小説の方は面白かった^^
作家アルフレート・クービンも「バートルビー症候群」の1人かも?