2007年12月16日

兎男のクリスマス



  • その夜、兎男はとても幸せだった。兎ピアノと兎バンジョーは素晴しい音を奏でたし、頭には美しいメロディーや楽しいリズムが次から次へと浮かんで来た。// 右つむじと左つむじが合唱し、003と009-1が踊り、海カモメの奥さんは「キスハキスハ」と鳴きながら部屋を飛び回り、聖兎上人と兎博士は2人でワインの飲み比べをしていた。ムツンバイまで嬉しそうに床の上をコロコロと転げていた。/ そしてクリスマス・ケーキがみんなに配られた。「美味しいなあ、もぐもぐ」とテレパシーで喋りながら、ムツンバイは6つもケーキを食べた。/ 「兎世界がいつまでも平和でありますように」と聖兎上人がお祈りを捧げた。
    『兎男のクリスマス』

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    スフィアン君の《Songs For Christmas》(Asthmatic Kitty 2006)は2時間以上の太っ腹クリスマス・アルバム(5CD 全42曲!)。2001〜2006 年のプライヴェート・ミニアルバム5枚をコンパイルしたボックス仕様で、〈きよしこの夜〉や〈ジングルベル〉等の定番ソングに自作17曲をプラス。演奏こそシンプルだが、カヴァ曲やオリジナル曲のアレンジにはクリスマス・オーナメントのようにキラキラ光るものがある。可愛い紙ケースに入った5枚のCDと、40頁の豪華ブックレット──エッセイ、ショート・ストーリ、自作解説、歌詞(伴奏コード・歌唱&演奏指導付き!)、特大ポスター&コミック、〈Put The Lights On The Tree〉の短篇アニメ(QuickTime)、動物シール(5種)‥‥これで邦楽盤1枚の値段より安いんだから笑っちゃう(国内盤は未発売だよ)。

    5枚のミニ・アルバムにはDisc 1「NOEL」(2001)、Disc 2「HARK!」(2002)、Disc 3「DING! DONG!」(2003)、Disc 4「JOY」(2005)、Disc 5「PEACE」(2006)というタイトルが付けられている。最初は個人的な趣味で始めたプライヴェート企画も年を重ねるごとに凝ったアレンジが施されて行く。6拍子のインスト〈Ding! Dong!〉に続く〈All The King's Horns〉や、騒音ギターの〈Hey Guys It's Christmas Time〉‥‥などはオリジナル・アルバムの中に入っていても遜色がない。ブラス・ロックの〈Get Behind Me, Santa!〉、5拍子の〈Christmas In July〉、感動的なラヴ・ソング〈Sister Winter〉、7分を越える〈Star Of Wonder〉‥‥特にDisc 5(全11曲 36分)は単品の「クリスマス・アルバム」としても秀逸で、聴き応えがある。

    降誕祭を祝うアルバムのDisc 2に暗鬱な色調の曲が1曲収められている。〈What Child Is This Anyway?〉は〈Greensleeves〉の替え歌で「イエス・キリストの磔刑」を歌っているのだ。キリストの誕生日に歌われるキリストの「死」!‥‥果して聖夜に相応しい曲なのかと訝しく思うけれど、クリスマスが贈答行事と化した国の無神論者には預かり知れぬ感覚である。この辺が一筋縄ではないSufjan君の真骨頂ではないだろうか。ミシガン湖マスケゴン(Muskegon)のホームレスたちを讃え、イリノイの街を夜中に徘徊する血に飢えたゾンビたちに怯え、27人以上の若者たちを殺害した連続殺人魔クラウンと「僕は良く似ている」(I am really just like him.)と歌う資質の持ち主なのだから。

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    2004年1月、たまたま某CDショップの視聴機に入っていた「音楽」を聴いて魅了された。Sufjan Stevensという全く未知のアーティストだった。そのアルバムは既に品切れ(皆さん早耳ですね)だったが、店員に訊くと来週には再入荷する予定だと言う。漸く入手したCD(輸入盤)を聴き直して驚いた。稀有の才能を持った青年のとんでもないコンセプト・アルバムだったからだ。世界は広く、米インディーズの森は深い。ワールド・ミュージック(都市化された非西欧音楽)やインディーズ・ロックを聴き漁っていても、なかなか出逢えないエキサイティングな瞬間!‥‥J-POPしか聴かないドメスティックな「邦楽ファン」や、国内盤だけしか買わない「洋楽ファン」たちが100万回生まれ変わっても決して訪れることのないスリリングな体験である。

    《Michigan》(Asthmatic Kitty 2003)はアメリカ全50州をテーマにしたアルバム(50枚?)を制作するというSufjan君の記念すべきシリーズ第1作目である。翌年に《Seven Swans》(Sounds Familyre 2004)という純正フォーク・アルバムも出ているけれど、《ミシガンからの挨拶状》の方が遙かに面白い。基本的にはピアノやギターの弾き語りタイプの自作自演歌手(SS&W)で、20種類以上の楽器を巧みに操るマルチ奏者ぶりが過不足なく発揮されている。しかし、一体どういう料簡なのか、弾き語り曲の間から突如として現われるエレクトロ・ポップ風のダンス・ナンバー‥‥それも変則拍子(奇数拍)の「1人ステレオラブ状態」に豹変してしまうのだ。

    パセティックなピアノ曲〈Flint〉、Stereolab風の5拍子曲〈All Naysayers, Speak Up ...〉、バンジョー弾き語りの〈For The Window in Paradise, ...〉、ホルンと女声コーラスが共演する〈Say Yes! To M!ch!gan!〉、Neil Young風のブロークン・ギターが吃音するヘルプレスなデュエット〈The Upper Peninsula〉、木琴インスト曲〈Tahquamenon Falls〉、不穏な〈Scaborou Fair〉みたいなフォーク・ソング〈Holland〉、変則ドタバタ・リズム(9・6ポリリズム?)の〈Detroit, Lift Up Your Weary Head!〉‥‥と、全15曲66分が至福と共に過ぎて行く。ドリーミングでメランコリックな曲調に反し、歌詞はヘヴィーで、救いがない。「喘息持ちの仔猫ちゃん」(Asthmatic Kitty)というレーベル名は笑えますが。

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    アメリカ50州をテーマにしたアルバム(全50枚?)の第2弾《Illinoise》(2005)。衝撃度ではシリーズ1作目の《Michigan》(2003)に譲るものの、より稠密でゴージャスなコンセプト・アルバムに仕上っている。ピアノやバンジョー弾き語り、定番の奇数拍曲、歌ものの間に挿入される短いインスト・ナンバー‥‥と、今作も20種類以上の楽器を器用に弾き熟すSufjan君のパノラマ・ワールドを堪能出来る。2部構成の前半が5拍子の〈Come On Feel The Illinoise〉、同じくPart 1が変則ビート(5+6拍子)の〈The Tallest Man, The Broadest Shoulders〉。イリノイ州の連続殺人犯を歌った〈John Wayne Gacy, Jr.〉や、「I-L-L-I-N-O-I-S!」と発声する女声コーラスが印象的なホラー・ソング〈They Are Night Zombies!! ...〉など、シリアス、シニカルな曲が並ぶ。

    イリノイ州に纏わる様々な固有名詞(人名・地名・事物)が曲タイトルや歌詞の中に鏤められている。UFO目撃(UFO Sighting)、アメリカ軍とインディアンの戦い(Black Hawk War)、夢に出て来た詩人(Carl Sandburg)、シリアル食品(Cream of Wheat)、シリアル・キラー(John Wayne Gacy)、黒人奴隷を逃がした地下鉄道(Underground Railroad)、奇蹟の人(Helen Keller)、第7代アメリカ大統領(Andrew Jackson)、第6代大統領(Abraham Lincoln)、鉄道・自動車会社(Pullman)、イリノイ州の祝日(Casimir Pulaski Day)、メトロポリスの男(Superman)、女性オペラ歌手(Emma Abbott)、第40代大統領(Ronald Reagan)、夜のゾンビたち(Night of the Living Dead)、MLBシカゴ・カブスのジンクス(Curse of the Billy Goat)、女性ソーシャルワークの先駆者(Jane Addams)、アメリカ帝国主義(American imperialism)‥‥。

    ハブリッドな新世代SSWという視点から、フリー・フォーク界の貴公子(?)Devendra Banhartと比較されることもあったけれど、新作は奇しくも両者共に示し合わせたかのように「22曲 74分!」の対決と相成った(2人をアメリカの「至宝」と喩える音楽評論家もいる)。国内盤も1作目と併せて同時にリリースされたので、より多くの洋楽ファンに愛聴されることでしょう。アルバム・タイトルが「ILLIーNOIS」ではなく「ILLIーNOISE」となっているところにも注目。〈Come On Feel The Illinoise〉というタイトル曲から、Sladeの大ヒット曲〈Cum On Feel The Noize〉を思い浮かべて北叟笑む人もいるだろう。あと48州‥‥でも、このペースだと全50作完結するのに100年以上かかる計算になるのですが。

    シカゴの高層ビルを背景に不敵な笑みを浮かべるアル・カポネ(Al Capone)と雄山羊マーフィー(Murphy)、4機のUFOとスーパーマンが夜空に飛ぶ《Illinoise》のスリーヴ。しかし、著作権の問題がクリア出来なかったせいなのか、国内・UK盤に描かれているアメリカン・ヒーローがUS盤から消えてしまった。さらに不思議なことに、手許にある輸入CD盤はスーパーマンの代わりに3つの風船が夜景に浮かんでいる(風船のステッカーを貼ってスーパーマンを隠したアナログ盤に由来するらしい)。このジャケット・デザイン変更には内心忸怩たる想いがあったのだろう。2005年の年間ベスト・アルバムに《Illinoise》が選ばれたことに応えて、翌年にリリースされたアウトテイク集《The Avalanche》では、赤マントのスーパーマンに扮したSufjan君本人のイラスト(左手を突き出して空を飛ぶ同じポーズ)で飾られていたのだから。

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    《The Avalanche》(2006)は、2005年屈指のアルバム 《Illinoise》のアウトテイク&エクストラ集(全21曲 76分)だが、オリジナル作に劣らない高水準を誇る。〈Chicago〉の3ヴァージョンを間に挿みながら強力な「未発表曲」が並ぶ。アルバム・タイトル曲に続く〈Dear Mr. Supercomputer〉は7拍子(The Beatlesの〈You Never Give Me Your Money〉の一節をパロっている!)。〈The Henry Buggy Band〉(The Henry Rollins Bandのモジリか?)、〈Saul Bellow〉(ノーベル賞作家ソール・ベロー)、〈For Clyde Tombaugh〉(天文学者クライド・トンボー)というタイトルの曲もある。〈Springfield, ...〉や〈Pittsfield〉で、Sufjan君のブロークン・ノイズ・ギターを堪能出来るなど、ロック・ポップ〜エレクトロニカ色も濃い。US盤から消えた「スーパーマン」に扮したスフィアン君と、タイトルに因んだ赤いシボレー車(Chevrolet Avalanche)のジャケット(イラスト)も洒落ている。次のアルバム(全米50州シリーズ)は一体どこなのでしょうか?

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    • スフィアン君は卯年生まれの蟹座(1975/7/1)です^^

    • イリノイ州に纏わる固有名詞に関しては「Thematic elements」を、「消えたスーパーマン」の経緯については「Artwork」(Wikipedia)を参照しました

    • 冒頭に引用した『兎男のクリスマス』は、村上春樹『羊男のクリスマス』(講談社 1985)のパロディです。非売品なので書店やAmazon.comで探さないように^^;

    • 〈兎男のクリスマス 2〉もアップしたぴょん(2012. 12. 21)
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    Songs For Christmas

    Songs For Christmas

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Asthmatic Kitty
    • Date: 2006/11/21
    • Media: Audio CD (5CD Box)
    • Songs: Silent Night / O Come O Come Emmanuel / We're Goin' To the Country! / Lo How A Rose E'er Blooming / It's Christmas! Let's Be Glad! / Holy Holy, etc. / Amazing Grace // Angels We Have Heard / Put the Lights On The Tree / Come Thou Fount Of Every Blessing / I Saw Thr...


    Greetings From Michigan: The Great Lake State

    Michigan

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Spunk
    • Date: 2003/07/01
    • Media: Audio CD
    • Songs: Flint (For The Unemployed And Underpaid) / All Good Naysayers, Speak Up! Or Forever Hold Your Peace! / For The Windows In Paradise, For The Fatherless In Ypsilanti / Say Yes! To M!ch!gan! / The Upper Peninsula / Tahquamenon Falls / Holland / Detroit, Lift Up ...


    Illinoise

    Illinoise

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Spunk
    • Date: 2005/07/05
    • Media: Audio CD
    • Songs: Concerning The UFO Sighting Near Highland, Illinois / The Black Hawk War, Or, How To Demolish An Entire Civilization And Still Feel Good About Yourself In The Morning, Or, We Apologize For Your Stepmother! / One Last 'Whoo-Hoo!' For The Pullman / Chicago / Cas...


    The Avalanche: Outtakes & Extras from the Illinois Album

    The Avalanche

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Spunk
    • Date: 2006/07/11
    • Media: Audio CD
    • Songs: The Avalanche / Dear Mr. Supercomputer / Adlai Stevenson / The Vivian Girls Are Visited In The Night By Saint Dararius And His Squadron Of Benevolent Butterflies / Chicago (Acoustic Version) / The Henney Buggy Band / Soul Bellow / Carlyle Lake / Springfield, Or Bo...
    posted by sknys at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | m u s i c | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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