◆ SOURPUSS(Blast First 1989)A.C. TempleS・D・シンドラーの水彩エッチングによるリアルな「空飛び猫」たちも可愛いけれど、首から小魚を下げ、背中から天使の翼が生えたネコちゃんの写真も美しくて儚い。A.C. Templeは英シェフィールドの5人組で、紅一点Jane Bromley嬢の硬質なヴォイスがノイジーかつ暴力的なギター・サウンドに拮抗する。ニュー・ウェイヴの波が曳いていた当時からして、既に絶滅危惧種に近い貴重な存在だったが、そのサウンドは15年以上経った今日でも決して色褪せることはない。英ウズマキ派
(Vorticism)の機関誌「BLAST」から採ったというレ ーベル「BLAST FIRST」に恥じないハイテンションな疾走感だ。アーシュラ・K・ル=グウィンの「空飛び猫」シリーズに登場する失語症の黒猫ジェーンに、Jane Bromleyのヴォイスが重なる。黒猫ジェーンはジェーン・Bの化身なのか。2年後、A.C. Templeはプロデ ューサにKramerを迎えて
《Belinda Backwards》(1991)という傑作アルバムを残す。
◆ DONDESTAN(Rough Trade 1991)Robert Wyatt海の見える家の中で寛ぐRobert Wyattと奥さんらしき女性。ソファに腰掛けている老翁はヘッドフォンで音楽を聴いている。室内に猫2匹。窓の外には犬が3匹!‥‥「ネコ・ジャケ」でもあり、同時に「イヌ・ジャケ」でもある(苦しい?)のだが、良く見ると左隅の箱の中に4匹の仔猫らしき生き物が眠っているではないか。6対3で「ネコ・ジャケ」に軍配が挙がる。〈猫のスリスリ〉で紹介しなくても、心ある洋楽リスナーなら躊躇いなく指を折る「名盤」の1枚である。浮游するキーボード、弾むスネア、踊るハイハット。高域で掠れながら揺蕩うヴォイス。後期カンディンスキーの半抽象絵画を想わせる音空間。か弱そうな中性的なヴォーカルには強い意志が滲む。暮れ沈む海辺の光景のように美しい、寄せては返す漣の永久運動にも似た音楽。いつまでも、その場に佇んでいたいと希求する「自己」を発見して若者は旅立つのだった。
◆ WHIRLPOOL(Dedicated 1991)Chapterhouse何度見ても良く分からない摩訶不思議なスリーヴである。藍色(CDトレイも青色でコーディネートされている)をバックにした白い猫(ヒマラヤン?)ということは分かるのだが、1匹の猫が蹲って寝ているようにも見えるし、2匹の白猫が戯れているように見えなくもない。《渦巻き》というタイトルより「うずまき猫のみつけかた」という邦題にした方が相応しいかもしれない。Chapterhouseのような音楽スタイルを今日的には「シューゲイザー」
(Shoegazer)と呼ぶ。文字通りに解釈すれば「靴を見つめる人」‥‥ライヴ・パフォーマンスの姿勢を揶揄している。グランジの雄Nirvanaみたいに激しく跳び回らずに、自分の足許を見つめて(下を向いたまま)直立不動でギターを弾く。代表的な「シューゲイザー」はMBV(My Bloody Valentaine)やDinosaur Jrなど、恐らくKevin ShieldsやJ Mascisの演奏スタイルから由来しているのだろう。轟音ギター・ノイズの向こうから弱々しい脱力ヴ ォイスが聴こえて来る。ちょうど死体と一緒に地下室の壁に塗り込めてしまった「黒猫」の啼き声のように。
◆ LIAR(Touch & Go 1992)The Jesus Lizard仔猫の頭を持つ少年4人が椅子に坐ってテーブル上の小さなヘビを弄んでいる。その背後で見守るクラナッハを想わせる若い女性、Mアーチ状の窓の外にはブリューゲル〜ボッシュ風の異世界が広がる。題して〈死のアレゴリー〉。裏ジャケには同じ構図のヴァリアント(少年の頭に挿げ替えてある)が小さく載っている。Malcolm Bucknellという画家の作品だという。Chapterhouseの「うずまき猫」と共に
「猫ジャケ」の定番アイテムである。地下室で録ったような、高音が歪み低音が籠る硬質なサウンドは紛れもなくSteve Albiniの手によるものだ(Albiniの名はクレジットされていないが)。The Jesus Lizardはパンク〜ハードロック的な展開を真骨頂とする4人組。何よりも放射されるエナジーの質量が凄まじい。〈Puss〉という面白い曲も入っているのだが、歌詞が全く聴き取れません。
◆ ANGEL TIGER(Cooking Vinyl 1992)June Tabor何故、飼主はタビー柄の猫を「トラ」などと名付けたりするのだろうか。「虎」に姿形が似ているだけなら、ペットの手乗りブタを「イノ」ちゃんとか、トカゲを「ダイナ」君とか呼んでも良さそうなものだけれど、寡聞にして聞かない。ウチの猫ちゃんには野性の猛虎のように強くあって欲しいというマッチョ願望が隠されているのだろうか。スリーヴの白猫はグランプリに輝いたシャム猫(オリエンタル・ホワイト)。アルバム・タイトルは16世紀の英国詩人クリストファー・スマートの詩篇「Jubilate Agno」の一節から採られている。June Taborは英トラッド系の歌手。Billy BraggやElvis Costello、Richard Thompsonの楽曲をカヴァー。
《Against The Stream》(1994)の方が気に入っているけれど、残念ながら「猫ジャケ」ではない。アルト・ヴォイスが直接リスナーの心を揺さぶる稀有な存在です。
◆ DELI KIZIN TURKUSU(Tempa 1993)Sezen Aksu白いドレスに赤い靴の少女が白クマのヌイグルミ(?)を抱いている印象派風のイラスト。それだけなら「ネコ・ジャケ」ならぬ「クマ・ジャケ」だが、少女の右後ろに1匹のネコがチョコンと坐っている。まるで彼女を護衛するかのように。その凛とした健気な佇まいが猫好きの心を打つ。Sezen Aksuはトルコの国民的歌姫で、ギリシャの
Haris Alexiouとも親交がある。トルコというと中近東のイメージが強いけれど、エーゲ海を挟んで対岸のギリシャとは目と鼻の先。飛んでイスタンブールは地続きだ。スペイン、フランス、イタリア、トルコ、イスラエル、エジプト、アルジェリア、モロッコ‥‥「汎地中海音楽」と言っても広きに渡る。伝統的なトルコ音楽と、打ち込みサウンドの融合を目指す(久々に聴き直して深夜に号泣してしまいました)。このリズム、旋律、歌唱法‥‥中近東の彼方から極東へ流れ着いた民族の末裔であることを確信する瞬間である。DNAに刻み込まれた太古の記憶が呼び起こされるのかもしれません。同じ表紙のミニ・ブックレット(16頁)も洒落ている。
◆ HAIRBALLS(A Hot Air 1995)Stock, Hausen & Walkman三毛ネコの毛皮袋(CD)、その右上に留めてある白いバッヂ(SICK CAT)、舌出しネコちゃんのカヴァ(HAIRBALLS)を眺めていて、この特殊パッケージが「片目の猫」の見立てであることに漸く気づく。Stock, Hausen & Walkmanの3人組は、その人を喰った名前が象徴するようなインスト・コラージュ・ミュージックを全34曲・74分(10分余の空白部分あり)に渡って繰り広げる。まるでオモチャ箱を引っくり返した子供のような無邪気さと乱暴さで、既成曲、ノイズ、爆音、具体音、トイポップ、アニメ風効果音、日本語のナレーション「◯◯◯カメラの提供で、お送りしました」というカットバック、ループ、速回し、断片化されて行く。アヴァギャンそのものをパロディ化したような稚気溢れる人懐っこさ。モンティ・パイソン一派に通じる黒いユーモア。非ロック化したWeen兄弟、それとも兇暴化したKlimperei夫妻?‥‥アヴァンポップな
「ネコード」の傑作でしょう。あなたが毛皮のケースを「ネコ」だと看做す想像力があればの話ですけれど。
◆ TAMING THE TIGER(Reprise 1998)Joni MitchellJoni Mitchellは日本で個展(1988 Parco Gallery)を開いたこともある「画家」で、最近のアルバムは彼女自身の描いた額装「絵画」で飾られている。《虎を飼い馴らす》というアルバム・タイトル通り、トラ猫を抱くJ・Mの自画像、歌詞ブックレットにベージュの猫を描いた絵が1点、裏ジャケに洋箪笥の上で威嚇ポーズする猫の写真、インナートレイに見返り茶猫(同じ絵柄がCD盤面にカラープリントされている!)‥‥と、愛猫家には堪らない猫づくし。タイトル曲では有名なW・ブレイクの詩を「引用」して、トラ=ネコの魅力について優しく歌う。
《Travelogue》(2002)を最後に一切の音楽活動を停止(引退)したJ・Mの心境の一部も綴られている。〈Tiger Bones〉というインスト曲(彼女のギター伴奏のみ)もオマケに入っているので、歌に自信のある人は〈Taming The Tiger〉のカラオケに挑戦してみては如何でしょうか。J・Mの独特なリズム・ワークに乗るのは至難の技ですよ。
◆ CUERPO(Union De Musicos 2003)Florencia Ruizデビュー作《Centro》(2000)は自主制作CDーR(6曲)、2ndの本作は9曲入り、最新作
《Correr》(2005)は全11曲という風に、頭文字Cの6文字タイトルに拘泥るアルゼンチン音響派の歌姫。愛猫ベニータとの2ショット・カヴァ‥‥敢えて余白を取ってトリミングした写真が猫と人の親密性を強調する。フロレンシア・ルイスのギターとキーボード、サンプラーに、チェロ、ヴァイオリン、コントラバス、ピアノなど、必要最小限の小宇宙に静謐なヴォイスが神秘的に響く。音数の少ないヴォイス・パフォーマンス風の佇まいはBjorkを彷彿させ、清楚な少女のイメージはアンビエントな原風景を現前させる。フェイドイン〜アウトする幽玄幽微なサウンドは、未知の惑星から送られて来る秘密のメッセージのようでもある(1st+2ndをコンパイルした日本盤2CDのジャケット画像にリンクしてあります。オリジナル・スリーヴは彼女のサイトや
「FAVORITE ー ALBUMS」にあります。アルバム・カヴァが「裏焼き」になっているのは不可解ですが)。
◆ EX HEX(Lookout 2005)Mary Timonyネコなのかネズミなのか判然としません。旅団長サルガタナスが雌猫の中へ入り込んだのか、それとも魔女の奸計に落ちて鼠に変身させられてしまった少年の姿なのか、いずれにしても禍々しさを感じさせるキモ可愛いスリーヴですね。《元魔女》というアルバム・タイトルに則れば正義のヒーローによってネコ / ネズミに変えられてしまった「魔女」の化身ということになるでしょうか。Mary TimonyはHeliumというユニットで活動した後、ソロ・デビュー。本作が3rdアルバムである。デューク・エリントンのアートスクールでギターを学んだ経歴の持ち主だけあって、変テコリンなギター・リフが炸裂!‥‥。FugaziのBrendan Canty(ドラムス)がプロデュースしていることからも容易に想像出来るハードエッジな仕上がり。米Amazonのカスタマー・レヴューに「She's like a younger Kim
Golden」という意見が載っていた。
(気まぐれ仔猫ちゃん)のキム姐さんの方が「美猫」でしたが。
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〈猫スリ〉は、お気に入りの「ネコ・ジャケ」10枚を紹介する記事です。アルバム・タイトルの◆をクリックするとオリジナル・カヴァが見れます。単なる「ネコ・ジャケ」集ではなく、デザイン、音楽ともに優れたアルバムを選出しました(Vanessa Paradisの2ndも入れたかったけれど、「裏ネコ・ジャケ」だったので泣く泣く断念!)。 〈猫スリ2〉は未定ですが、〈犬のスリスリ〉や〈牛のスリスリ〉は楽勝かもしれません。ウルトラ氏の「猫ジャケ」に100枚以上の「ネコード」が掲載されています。ちなみに〈猫スリ〉とは1枚もネコ被りしていません。ケロイド博士(Dr_Keloid)も「Cats. Aw.」と題して「ネコ=トラ・ジャケ」を紹介。「Kitties, Bunnies, & Hamsters」というタイトルで、ニャンコ、ウサちゃん、ハム太郎をリストアップしているLurkerbunnyさんという奇特な方もいらっしゃいます。「ネコード」は世界をめぐる?
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- アルバム・タイトルの ◆ をクリックすると、拡大された 「猫ジャケ」 が表示されます
- 記事タイトルの右に一覧カタログのリンク・ボタン(肉球アイコン)を付けました
- 次回は〈ネコ・ログ #2〉を予定‥‥毎回、記事のトップを飾ってくれる猫ちゃんたちのプロフィールを紹介します。サイドバーのプロフ欄から簡単にアクセス出来るように工夫しました(catalogをポチッとな)
- 記事の一部を加筆・改稿しました(2013・5・17)
- タイトルを〈猫のスリスリ〉から〈猫のジェーン〉に変更しました(2024・5・16)
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Sourpuss
- Artist: A.C. Temple
- Label: Blast First
- Date: 1989/09/01
- Media: Audio CD
- Songs: Sundown Pet Corner / Miss Sky / Stymied / Mother Tongue / Crayola / Devil You Know / Horsetrading / A Mouthful / Faith Is A Windsock / Ringpiece / (Dirty) Weekend

Whirlpool
- Artist: Chapterhouse
- Label: Cherry Red UK
- Date: 2006/06/06
- Media: Audio CD
- Songs: Breather / Pearl / Autosleeper / Treasure / Falling Down / April / Guilt / If You Want Me / Something More / Need (Somebody) / Inside Of Me / Sixteen Years / Satin Safe / Feel The Same / Come Heaven / In My Arms

Angel Tiger
- Artist: June Tabor
- Label: Cooking Vinyl
- Date: 1992/09/03
- Media: Audio CD
- Songs: Hard Love / Joseph Cross / Sudden Waves / Rumours Of War / All Our Trades Are Gone / Happed In Mist / The Doctor Calls / Let No Man Steal Your Thyme / All This Useless Beauty / 10,000 Miles / Blind Step Away
/ Elephant

Cuerpo / Centro
- Artist: Florencia Ruiz
- Label: P-Vine
- Date: 2005/08/19
- Media: Audio CD(2CD /《Cuerpo》のオリジナル画像を貼っています)
- Songs: Niño 0 / Siberia / Del Cuerpo / Mañana / Alcanzar / Sin imagen / Parte / Ahogarme en mí / Despierto // Centro / Revolver / Domino / Pases / Patos / Aero

Hairballs
- Artist: Stock, Hausen & Walkman
- Label: A Hot Air
- Date: 1995/04/04
- Media: Audio CD
- Songs: Jumped Up Little Start / Tampooning / To The Clitoris & Step On It / Crestfallen / Dawn Of A New Error / Brake Failure / Poking A French Actor's Corpse With A Sharp Stick To Determine If It Is Made Of Play-Doh / Vinyl Retentive / Sniffed Up / Hard Up / Body Form / Falli...

Taming The Tiger
- Artist: Joni Mitchell
- Label: Warner Bros / Wea
- Date: 1998/09/22
- Media: Audio CD
- Songs: Harlem In Havana / Man From Mars / Love Puts On A New Face / Lead Balloon / No Apologies / Taming The Tiger / The Crazy Cries Of Love / Stay In Touch / Face Lift / My Best To You / Tiger Bones
大体、最近の聞かないし、洋物も国内盤でないと聞かないし…(と言い訳しながら、じっと手を見る…)
〈猫スリ〉にコメントが1つも付かないので、
(ハウル君みたいに)「本性」を見せると皆さんドン引きしちゃうのかも!
‥‥と落ち込んでいたところです。
『白い婚礼』は中年教師を手玉に取っているようで、実は「純愛」だった
というオチに安堵します。
妖女ロリータに誑かされた哀れな男の物語でなくて良かったなぁ。
日本では旦那ばかりが注目されて、奥様の影が薄いのは残念
‥‥黒猫ジャケが「表」なら紹介出来たのですが。
〈スキッパ・パラディ〉という記事を書こうかな(笑)。
「ネコ・ジャケ」って探せば結構あるんですよね。
U氏やK博士のリストも初めて見る「猫たち」が多かった。
「隠れ兎ちゃん」のような奇特な人がネットの森に潜んでいるけれど、
「ネコ・ジャケ」で一発検索出来ないのが辛い。
第1回目は大好きな「空飛び猫」を筆頭に、90年代以降のレア猫ちゃんを
紹介しました。
輸入盤に準拠していますが、その半数は国内盤で流通していたはずです。
〈猫スリ2〉はベタ猫ちゃんも登場させようかな?
かわいい猫さんたちがいっぱいのブログですね。
私は自他共に認める猫好きなので、早速お気に入りに登録させていただきました。
「猫のスリスリ」のトップの猫の眼差しもとても印象的です。
猫スリーヴは本当に洗練されたデザインのものが多いですね。
残念ながらSezen Aksuの猫スリーヴのCDは持っていませんが、
Haris Alexiouとのコラボレーションが収録されたCDは持っています。
Haris Alexiouも私の好きなアーティストの一人です。
トルコやギリシアのポップスについて語り始めたら長くなりそうなので、ここまでにしておきますが、
どちらにも大変強く心惹かれております。
〈猫スリ〉は苦労して書いた割には不人気だったので、とっても嬉しい。
トップ写真の母猫は、この写真を撮った1ヵ月後にクルマに跳ねられて
短い生涯を閉じました。
この眼差し(甘えてる!)を見る度に胸が詰まります。
Sezen Aksuのジャケ画像を求めてAmazon.deまで探しに行っちゃった。
オリジナル・CDスリーヴは、もっと色鮮やか!
‥‥同じ表紙のプチ・ブックレット(歌詞集)もオシャレですよ。
お気に入りは、トルコの貴公子 Tarkan、ライの帝王 Khaled、
モロッコの元美少年 Hamid Baroudi、アラブ・ロック野郎 Rachid Taha
‥‥DNAに刻まれた遠い祖先の血が騒ぐ?
千露さんも「猫ジャケ10枚」の記事に挑戦してみてね^^