
谷川 俊太郎 「そのものの名を呼ばぬ事に関する記述」
□ 語れ橋本愛、苦悩のクィアと文字バレたか?
女優の橋本愛がサルヴァトーレ・シャリーノの音楽劇 「ローエングリン」(神奈川県民ホール 2024)で主演した。ワーグナーの同名歌劇で、主役の騎士ローエングリンは結婚式を挙げたばかりのエルザを捨て去る。孤独と喪失に苛まれる花嫁エルザを演じる一人芝居である。彼女は 「ひたすら喚き、囁き、呻く。幻を見、幻を聴き、塵やぼろきれのようになる」(片山杜秀)。本来ならばプロのオペラ歌手に任せられる役柄だが、「一発の銃弾が世界をひっくりかえすということはある。橋本愛は、銃弾どころか爆弾だった」(同上)という。橋本愛は親友に相談した。クィア(性的マイノリティ)である彼女の苦悩を聞くことで、エルザの役作りに活かせるのではないかと思ったからだった。SNSアプリを使った匿名(仮名)による意見交換だったが、どこから個人情報が漏れたのか、ネットではクィアの友人を特定するような憶測による言説が拡散している。「親友」 は実在する人物ではなく、彼女のアルター・エゴ(alter ego)であると、橋本愛はSNSで自ら語っているのだが。
□ ムカムカしたわ。「定義」 を聞いて、私ガム噛む
朝起きた時から体調が優れず、胸がムカムカする。念の為に体温計で測ったら平熱だったので風邪や感染症ではなさそうだ。どんよりと低く立ち籠めた暗雲のように、私の気分も低気圧ガールのまま、朝食抜きで大学へ行った。本当は休みたいところだったが、今日は谷川俊太郎の特別講義があるのだ。文学部で一番広い教室は既に学生たちで埋め尽くされていた。空いていた後部座席に座る。テーマは最新詩集 「定義」 について。「メートル原器に関する引用」 「非常に困難な物」 「道化師の朝の歌」 「なんでもないものの尊厳」 「鋏 ・コップへの不可解な接近」 「コップを見る苦痛と快楽について」 「不可解な汚物との邂逅」 「りんごへの固執」 など、詩人は自作詩を淡々と朗読しながら、学生たちに意見を求める。私が一番惹かれた詩は 〈その上縁は鋸歯状をなしていて、おそらく鋭利な工具によって切断されたものに違いない‥‥〉と始まる 「そのものの名を呼ばぬ事に関する記述」 だった。これは一体何を 「定義」 しているのかしらと、あれこれ思い巡らしながら、気晴しにチューイングガムを噛んだ。
□ 盲いが背後から囲い羽交い締め
「拙僧が殺めたのだ」 ‥‥京極堂の百鬼夜行シリーズ長編第4作『鉄鼠の檻』(講談社 1996)は冒頭で殺人犯が坊主だったと明らかにされる(第5作『絡新婦の理』では同じく 「蜘蛛」 が女性であると分かる)。ところが連続殺人事件の舞台は箱根の山中にある明慧寺という怪しげな禅寺で、登場人物が僧侶(円覚丹、小坂了稔、中島祐賢、桑田常信、和田慈行、大西泰全、加賀英生、菅野博行、仁秀)ばかりという 「全札坊主めくり」 みたいな異常状況を呈していたのだ。もちろん、レギュラー登場人物たち、陰陽師・中禅寺秋彦(古本屋店主)、陰陰滅滅とした小説家・関口巽、超探偵・榎木津礼二郎、「稀譚月報」 の編集者・中禅寺敦子(秋彦の妹)、カストリ誌の編集者・鳥口守彦も活躍する。盲目の按摩師・尾島佑平が機転を利かせて、坊主を背後から羽交締めにして捕まえてしまえば、事件は一件落着となったのにと、ついツッコミを入れたくなる。読者は鈍器になるレンガ本(ノベルス版・826頁、文庫版・1376頁、単行本・1346頁)を読むまでもなかったのだが。
□ 絶えた漏洩? 通報潰え、狼狽えた
兵庫県知事S**のパワハラ疑惑やおねだり体質を告発した元県民局長が自殺した。その内部告発を「誹謗中傷性が高い」「ウソ八百」 の怪文書と決め着けて、内部通報(公益通報)者のプライヴァシーを護るどころか人物の名前を晒して懲戒処分した行為自体の違法性が問われている。この問題を調査していた百条委員会が「一定の事実が確認された」「知事の言動はパワハラ行為とみなされる可能性がある」 と認定し、国の法律に基づく調査報告書を同日に県議会に提出して了承されたのにも拘わらず、S**知事は 「一つの見解」、告発者に対する県の 「対応は適切」 と一蹴して開き直った。プライヴァシー保護法によって個人情報の漏洩は減ったと思いたいが、サイバー攻撃や送信ミスなどによる流出は今も絶えない。「告発者つぶし」 とも思える県の対応は今後、内部通報者が萎縮してしまう事態も懸念される。S**知事に投票してを再選させた兵庫県民(有権者)たちは今何を思っているのでしょうか?
□ 迂闊、根から膿み、償いなく罪、裏金使う
自民党旧安倍派が長年に渡って慣行していた裏金作り。政治資金パーティ券の販売で得たノルマの過剰分を所属議員たちにキックバックしていた事件の告発スプークから1年以上経つのに未だに、一体いつ誰の指示で始められ、一時は禁止したのにA**元総理の死後に再開して、何に使われたのか判然としない。昨年(2024)の衆院選で自民党が少数与党に陥った影響なのか、衆院予算委員長A**の肝入りで、当時の会計責任者への参考人聴取が実現した。その証言によってキックバックの再開を指示した派閥幹部の正体が明らかとなった。有権者の逆鱗に触れて落選した元自民党裏金議員の一人、S**は往生際悪く否定しているが、この後に及んで厚顔無恥も甚だしい。悪しき慣例だったキックバックがバレたのは迂闊だった。旧安倍派の政治資金管理は根から膿んで腐り切っていた。裏金議員たちは誰も罪に問われることなく、長年裏金を使い続けたのである。政治活動ではなく、選挙運動として。
□ 涙滴‥‥未だ子猫タマ生きている
「一人泣く子はいねが〜」 と呼びかけながら、懐に抱いた子猫・重郎と夜廻する遠藤平蔵は涙の匂いを感じた。母親と逸れたのか、1匹の子猫が丸くなって震えていた。小さすぎて誰かに乳を貰わなければ助からないと判断した平蔵は以前、水をくれたことがある民家の軒下に潜り込んで、住人の女性(ユリちゃん)に助けを求める。末期ガン母親のを看取った娘は自分も病気を発症してからは怖くて、毎日泣いてばかりいた。でも子猫たちは彼女のように 「3年後は生きていないかもしれない」 と思って生きているのではない。今生きたいと思っているのだ。「私だって今なら助けられる」 と、同居人に頭を下げて頼み込む。ユリちゃんを抱き寄せて同意する北斗君。危うく 「飼い猫」 になるところだった平蔵と重郎は難を逃れて、子猫(ちびすけ)を2人に託して辞去するのだった(夜廻り猫 「守る者」 から)。原作(深谷かほる)の子猫は名無しだが、「夜廻り回文猫」 では 「タマ」 という名前になった。
□ 路地・違和感・三毛・民家・Y字路
某月某日、快晴で体調も良かったので、久しぶりに都電(東京さくらトラム)に乗って、ネコ散策に出かけた。鬼子母神前で途中下車して、鬼子母神堂で参拝する。運悪く1匹のネコにも出合えなかった。この地は京極夏彦の『姑獲鳥の夏』(講談社 1994)や笙野頼子の『愛別外猫雑記』(河出書房新社 2001)の舞台となったところだ。都電雑司ヶ谷駅で降りて、目白通りを下って行くと不思議な三叉路に辿り着く。これが噂の 「両下り型Y字路」 なのか、異次元に突然ワープしたかのような違和感を憶えた。「東京の目白台にある、富士見坂・日無坂の合流地点である。一目で惹き込まれるそのヴィジュアルから、ドラマやアニメの舞台としてもよく用いられる」(重永瞬)という。Y字路の角オブジェには緑の葉が茂った樹に覆われた民家が建ち、左側の日無坂は下り階段、右側の富士見坂は車道になっている。ちょうどタイミング良く、階段坂に三毛ネコがいた(良いY字路には猫がいる)。
□ 中ノ岳に土砂崩れ起き、俺すぐ香具師と逃げたのかな?
麻也姫を追って中ノ岳(新潟県南魚沼市)まで来てしまった。土砂崩れに遭って、危うく目的を遂げる前に頓死するところだった。俺(悪源太助平)は麻也姫(太田道灌の曾孫、太田三楽斎の孫娘)に屈辱的な目に遭わされたことを恨んで、「ヨツにカマル」(強姦する)ことを心に誓った。いかさま賭博や女人売りを生業にする仲間の香具師(七郎義経、弁慶、陣虚兵衛、夜狩りのとろ盛、昼寝睾丸斎、馬左衛門)たちも俺に同意して、麻也姫の後を尾け回す集団ストーカーとなったのだ。ところが、その道中で俺たちは気高く美しい姫に惚れ込んでしまい、全員が彼女を護るために命を落とすことになるとは夢だに思わなかった。高木彬光は山田風太郎との対談で、親友をフェミニストと呼んだ。肯定も否定もせずに言葉を濁した作者は書いていると母親(山田少年が14歳の時に死去している)が出て来ちゃうと応えた。それは麻也姫のような理想形として現われる。どんなに作中の女たちがエロティックに描かれ、残虐に殺されようとも、その根底には女性へのリスペクトがあるのだ。皆川博子、金井美恵子、中野翠が風太郎を愛読しているのは作者の真意を感じ取っているからである。
□いるいる爺婆(ジジ・ババ)、千葉は死屍累々!
外出して何気なく周囲を見渡すと、いつの間にか高齢者たちの姿ばがりが目に着くようにな ってしまった。帽子やマスクで顔を覆っているけれど、杖を突いたりして、ゆっくりと前屈みで歩く姿勢は紛れもなく老人の特徴である。内閣府HPによると、65歳以上の高齢化率は国民総人口の3割近く(29.1%)にまで迫っている。これほどまでの高齢化社会になったのは医学の進歩や医療サーヴィスの質向上などによって、一昔前には亡くなっていた人々が生き永られているからである。かつて多くの人たちは認知症を発症する前に、クルマのアクセルとブレーキを踏み間違えて暴走事故を起こす以前に良くも悪くも死んでいたはずだ。介護施設や老人ホームで起きた土砂崩れによる事故も虐待や殺人などの事件もなかったかもしれない。仏映画監督ジャン=リュック・ゴダール(享年91歳)はスイスで自ら 「安楽死」 を選択した。日本では自分の意志で命を絶とうとしても 「自殺」 しか方法がない。「安楽死」 の是非について、日本でも検討する時期に来ているのではないかと思う。「千葉捨て山」 とか?
□ 彼 / 彼女、悲しんでいたシンディー・リー。遺伝子、大天使、仲良しの彼が!
2021年1月30日、トランスジェンダーのソフィー・ジオン(Sophie Xeon)は滞在先のアテネで満月の写真を撮ろうとして、ビルの屋上から転落死した。早逝(享年34歳)したプロデューサー、SSW、DJを偲んで、ArcaやFKA twigsなど多くの友人や交流のあったミュージシャンたちが追悼コメントを投稿し、Charli XCXは新曲〈So I〉を捧げた。2024年9月25日、実弟ベニー・ロング(Benny Long)は完成間近だったというアルバム《Sophie》(Transgressive)をソフィーとの共同プロデュースでリリースした。キティ・エンパイア(The Observer)は〈Intro (The Full Horror)〉を除き、「全てコラボレーションで、ソフィー自身が歌った曲は1曲もない」 と書いていたが、年間ベスト・アルバムの第8位に選出している。カナダ人ミュージシャン、パトリック・フレーゲル(Patrick Flegel)による女装プロジェクトであるシンディー・リー(Cindy Lee)も同じ思いだったはずだ。彼女の遺した遺伝子は確実に次世代に引き継がれ、大天使となって彼らを身護ってくれるだろう。
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- 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい^^;
- 橋本愛回文ストーリーは 「片山杜秀の蛙鳴梟聴」(朝日新聞 2024・12・20)、Y字路回文は重永瞬の『Y字路はなぜ生まれるのか?』(晶文社 2024)から引用しました
- 子猫タマ回文ストーリーは深谷かほるの「夜廻り猫(第998・999話)守る者(前編・後編)」、香具師回文は山田風太郎の『風来忍法帖』(講談社 1964)を使いました
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- 著者:谷川 俊太郎
- 出版社:思潮社
- 発売日:1975/01/01
- メディア:単行本
- 目次:メートル原器に関する引用 / 非常に困難な物 / そのものの名を呼ばぬ事に関する記述 / 道化師の朝の歌 / なんでもないものの尊厳 / 鋏 ・コップへの不可解な接近 / コップを見る苦痛と快楽について / 不可解な汚物との邂逅 / りんごへの固執 / 壱部限定版詩集 / 世界のノ雛形 / 目録 / 私の家への道順の推敲 / 棲息の条件 / 完璧な糸の一端 / 灰のついての私見 / 水...

- 著者:山田 風太郎
- 出版社:講談社
- 発売日: 2013/08/16
- メディア:文庫(講談社文庫)
- 目次:七人の香具師 / 女買わんか / 弾買わんか / 四の六部 / 真物 / 風摩組 / 麻也姫様はお嫁入り / 花婿殿は御出陣 / 女蕩 / 隆車に向かう蟷螂の斧 / 白日夢 / 香具師立志伝 / 忍者学校 / 瓢箪を盗め / 三成 / 英雄往来 / 女忍七星 / 恋さみだれ / 呉越同舟 / 忍術買わんか / 交替 / 風楼に満つ / 笄陣 / 忍の浮城 / 河童 / 水神風神 / 妖軍使 / おかしな奴ら / ...

- Artist: Cindy Lee
- Label: Realistik
- Date: 2025/02/21
- Media: CD(2CD)
- Songs: Diamond Jubilee / Glitz / Baby Blue / Dreams Of You / All I Want Is You / Dallas / Olive Drab / Always Dreaming / Wild One / Flesh And Blood / Le Machiniste Fantome / Kingdom Come / Demon Bitch / I Have My Doubts / Til Polarity's End / Realistik Heaven // Stone Faces...
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