『政治少年死す(「セヴンティーン第二部」)』(’61年2月 「文學界」)の主人公の少年は、あの政治家殺傷事件を決行する前の一時を豊かさと静けさと妊娠している牝たちのもつ充足しきった満足に満たされた農本主義の農園の 「太陽のもとでの労働」 にいそしみつつ、作物をはぐくむ豊かな土が、墓場のために用いられることの 「芽ぐみ実り熟する大運動の軌道の成長感」 を胸中に充実させ、「待ちのぞんでいた天からの声《さあ、おまえはもう充分だ、行け !》を聴く、そしてその瞬間、おれたちはすべてを放棄して、排卵後の鮭のように身軽に、まっしぐらに行く!」(傍点は引用者による)。生物学的には、排卵後の鮭は役割を終えれば死ぬのだから、石原慎太郎は生物学的には間違っているわけではなく、いろいろな意味で言語感覚がなかったのである。/ しかし、大江健三郎のあふれかえって増殖するみずみずしさに充ちた柔らかな傷つきやすい言葉の芽や卵や水の中での鮭の産卵後の身軽でまっしぐらな泳ぎとは! この生物学的には間違っている比喩のかぎりない美しさに思わず笑いつつ、私はこの小説を愛している〔傍点は引用者(sknys)による〕、とつぶやかずにはいられない。
金井 美恵子「墓場とユリカゴ ②」b 鮭のぼり(books)ニール・ヤング(Neil Young)の
〈Will To Love〉はカセット・テープに録音された。産卵のためにボロボロに傷つきながら、川を遡って行く鮭の物語を古いマーティン・ギターで弾き語っている。カセットを暖炉前の床に約1m離して置いたので、薪の爆ぜる音が時折聞こえる。「愛と生存に対する私自身の気持ちを満載したこのレコーディングは、音のシネマ・ヴェリテとでもいうべきそのスタイルによって、私の他の作品とは一線を劃している」 という。石原慎太郎の絶筆 「死への道程」 という 「駄文」 を眼にした金井美恵子は 「女性の妊娠・出産年齢を産卵後に死ぬ鮭の一生と同一視した東京都知事の発言」 をオス鮭エリート主義の低次元で無教養なものと断じる。そして、同世代作家としてデビューした大江健三郎が 「鮭の産卵」 について書いた文章 「待ちのぞんでいた天からの声《さあ、おまえはもう充分だ、行け !》を聴く、そしてその瞬間、おれたちはすべてを放棄して、排卵後の鮭のように身軽に、まっしぐらに行く!」 を思い出し、《この生物学的には間違っている比喩のかぎりない美しさに思わず笑いつつ、私はこの小説を愛している、とつぶやかずにはいられない》と書く。
b 青いモンスター(music)《As Palavras, Vol.1 & Vol.2》(Mr Bongo 2024)のアルバム・カヴァには奇妙なものが写っている。肘掛け椅子に座ったRubelの左に立っている 「青い羽毛人間?」 に既視感があった。Enoの1stアルバム
《Here Come The Warm Jets》(Island 1973)の青いオブジェに似ていないだろうか。正体不明のアートが陶芸家キャロル・マクニコル(Carol McNicoll)の制作した 「ティーポット」 というのだから謎めいている。注ぎ口がシザーハンズみたいになっている 「青い観葉植物?」 が紅茶を淹れるポットには到底見えないけれど、温かい湯を注ぐという意味では裏タイトルの 「放尿」(The Warm Jets)と相通じ合うのかもしれない。
《Fairyland Codex》 (Fire 2025)のカヴァ・イラスト、奇怪な魑魅魍魎たちに囲まれた青いモンスターはEnoやRubelよりは分かりやすい。誰もがセサミストリートのクッキーモンスター(Cookie Monster)を連想するに違いないから。豪州メルボルンのアート・パンク・バンドTFS(Tropical Fuck Storm)はEnoやRubelの 「青いモンスター」 を参照したのか?
b 皆川博子最新作品集(books)「卒呪」 を超えても現役バリバリの皆川博子先生。最新短篇集
『昨日の肉は今日の豆』(河出書房新社 2025)は二部構成。「PART 1」 は 「オール讀物」 「小説宝石」 など、いわゆる中間小説誌に発表された作品12篇。「牧神の午後あるいは陥穽と振り子」(現代小説 2018)はマラルメの詩とポーの小説を表題にして、横光利一の 「日輪」 を作中に引用している。「PART 2」 は詩、俳句、歌詞など、書き下ろしアンソロジーやムック、ネット媒体に発表された多種多様な作品15篇。表題作の 「昨日の肉は今日の豆」(柏書房 2019)は老人の肉体が豆化する奇病(感染症)が蔓延する近未来を描いた、パンデミック(コロナ禍)以前の作品。書き下ろし短篇 「ソーニャ 序曲」 は新作長編
『ジンタルス RED AMBER 風配図 II』のスピンオフで、舞台に立ったソーニャが幕切れで、読者に直接語りかけるメタ・フィクションになっている。《皆川博子と同時代に生まれ、皆川博子の最新短篇集を読むことが出来る──。読者にとって、これ以上幸せなことなどないのだから》と結んだ日下三蔵(編者解説)に同感!
b ずっと白猫と暮らしてる(music)ミツキ(Mitski Miyawaki)の8thアルバム
《Nothing's About To Happen To Me》(Dead Oceans 2026)は 「猫ジャケ」 だった。オッド・アイの白猫が茶トラに襲われる瞬間を描いた米美術家マーク・ブルクハルト
(Marc Burckhardt)のカヴァ・アートは 「私には何も起こらない」 というタイトルとは真逆だ。このアルバムは《ミツキが荒れ果てた屋敷に暮らす引きこもり女性を主人公とした過剰な物語に巻き込まれます。家の外では常軌を逸しているけれど、家の中では自由です》。
〈Where's My Phone?〉のMVがシャーリイ・ジャクスンの小説
『ずっとお城で暮らしてる』(東京創元社 2007)に着想を得ているのなら、アルバム・カヴァはケリー・リンクの短篇
「白猫の離婚」(集英社 2024)なのかもしれない。コンスタンスとメリキャット姉妹の飼い猫ジョナスは人間たちの醜悪な笧に巻き込まれることなく、ネコらしく自由気儘に生きている。裕福な男の首を刎ねて自由の身になった白猫はコロラドで 「長く満ち足りた一生を三男とともに送った」。ネコードには〈Cats〉〈That White Cat〉というキャット・ソングも収録されている。全11曲・34分。見開き紙ジャケ仕様。
b 重箱のすみ(books)『重箱のすみから』(筑摩書房 2026)はPR誌
「ちくま」(2020-2025)に隔月連載されていたエッセイ集。
『重箱のすみ』(講談社 1998)の続編を想わせる表題だが、令和版 「目白雑録(日々のあれこれ)」 である。金井美恵子が感じた些細な違和感から切り抜いておいた新聞や雑誌の記事やインタヴューなどを引用して、その隠された本質を暴き出す。「私の狭く限られた重箱のかたすみのような世界」 の俎に載るのは尾身茂、東浩紀、真山仁、大江健三郎、石原慎太郎、津田大介、高橋源一郎、島田雅彦、小池百合子、安倍晋三、隈研吾、蓮實重彥、前川喜平、橋爪大三郎、鷲田清一、村上春樹、片渕須直、倉橋由美子、石川淳など。ちょうどコロナ下(あるいは禍)、1年延期された東京五輪、新国立競技場(曲げわっぱ弁当箱)と重なる時期だったので、世界的なパンデミックや国家的なイヴェントへの言及も少なくない。「控える、予言、(言葉が)痩せる、耳が痛い、馬鹿、ボロ、まずい(ヤバイ)」 などの言葉に感じた違和感も辛辣に批評する。「付録」 として、巻末に3つのエッセイを併録。装丁は金井久美子、表紙(装画)には駒井哲郎の
《時間の玩具》(1970)が使われている。
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- 「スニーズ・ラブ」(sknys-lab)のエクストラ・ヴァージョン(EX12)です
- 「世界的文学水準に達した稀有の作品」(金井美恵子)と評された 「政治少年死す(「セヴンティーン第二部」)」 を第一部とカップリングして文庫化して欲しいにゃん^^;
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大江健三郎全小説 3
- 著者:大江 健三郎
- 出版社:講談社
- 発売日:2018/07/10
- メディア:単行本
- 収録作品:セヴンティーン / 政治少年死す(「セヴンティーン」第二部)/ 幸福な若いギリアク人 / 不満足 / ヴィリリテ / 善き人間 / 叫び声 / スパルタ教育 / 性的人間 / 大人向き / 敬老週間 / アトミック・エイジの守護神 / ブラジル風のポルトガル語 / 犬の世界

American Stars 'N Bars
- Artist: Neil Young
- Label: Reprise / Wea
- Date: 2003/08/19
- Media: Audio CD
- Songs: The Old Country Waltz / Saddle Up The Palomino / Hey Babe / Hold Back The Tears / Bite The Bullet / Star Of Bethlehem / Will To Love / Like A Hurricane / Homegrown

Fairyland Codex
- Artist: Tropical Fuck Storm
- Label: Fire
- Date: 2025/06/20
- Media: Audio CD
- Songs: Irukandji Syndrome / Goon Show / Stepping On A Rake / Teeth Marché / Fairyland Codex / Dunning Kruger's Loser Cruiser / Bloodsport / Joe Meek Will Inherit the Earth / Bye Bye Snake Eyes / Moscovium

昨日の肉は今日の豆
- 著者:皆川 博子
- 出版社:河出書房新社
- 発売日:2025/12/09
- メディア:単行本
- 目次:薊と洋燈 / 藤棚の下で / 椿と / 罌粟の家 / 壜の中 / 川のほとり / 夏を病む / ララバイ / 君よ、帰り来ませ /『希望』/ あやとり / 牧神の午後あるいは陥穽と振り子 / 試作1 / 靑へ / 泰山木 / 忘れ螢 / 人形の家 / しらない おうち / 主さん 強おして / 昨日の肉は今日の豆 / ソーシャル・ディスタンス / 夕の光 / 風よ 吹くなら / 香妃 / 哀歌 / Lunar rainbow / Fragments / ソーニャ 序曲 / 編者解説 日下 ...

Nothing's About To Happen To Me
- Artist: Mitski
- Label: Dead Oceans
- Date: 2026/02/27
- Media: Audio CD
- Songs: In a Lake / Where’s My Phone? / Cats / If I Leave / Dead Women / Instead of Here / I’ll Change for You / Rules / That White Cat / Charon’s Obol / Lightning

重箱のすみから
- 著者:金井 美恵子
- 出版社:筑摩書房
- 発売日:2000/00/00
- メディア:単行本
- 目次:医者の言葉、小説家(と批評家)の言葉 / 控えるということ / 予言について / いつの間にか忘れられてしまうこと / 「コロナ後の世界」には女はいない、あるいは、分別と多感」 / 墓場とユリカゴ / 生活困窮者を前に新しい児童図書館は有効か / どのように言葉は痩せたと言うのか / 耳はいつ痛くなるのか、あるいは馬鹿という言い方 / ボロとは衣類のどういった状態なのか / まずい / あれやこれや / ...
posted by sknys at 00:01| 東京 ☔|
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